恋を知るということ

※『竜胆』の世界線で、煉義からの義炭です。ラストは煉義風味。

「体はつらくないか?」
 乱れた息が義勇の声をわずかに掠れさせている。穏やかな日々のなかでも全集中常中の呼吸は抜けきらず、多少のことでは義勇も炭治郎も息を乱すことなどないが、房事はまた別物だ。
 炭治郎はハフハフと息を上がらせている。汗に濡れた前髪をかき上げてやりながら、義勇は炭治郎の痣にそっと唇を落とした。
「大丈夫です、頑丈にできてますから」
 にこりと笑う炭治郎の顔は常と同様に明るいが、それでも愉悦の名残か艶めいて見える。
「鍛えられる場所ではないだろう」
 クスリと笑う義勇の、わずかにからかいを含んだ言に、炭治郎が恥ずかしそうに肩をすくめた。それになおも笑い、義勇はゴロリと炭治郎の傍らに横になった。長い吐息はいかにも満足げである。
「初めてのことだ。つらければ素直に言っていい」
「本当に大丈夫ですから。だって、義勇さん、やさしかったし……」
 恥らいながらも胸に頬ずりしてくる炭治郎に、義勇の胸にわき上がったのはたとえようもない愛おしさだ。
「……もう一度、こんな時間を過ごせる日が来るとはな」
 その言葉は無意識に出た独白でしかなかった。答えを求めての言ではないことは炭治郎にも知れただろうが、それでも炭治郎は、もぞりと身じろぎ義勇を見つめてきた。
「前に義勇さんがこういうことをした人とは、もう逢えないんですか?」
 床でほかの者の話をするなど、妬いてほしいと言っているようなものだが、思いのほか炭治郎の声には悋気の火は感じられない。年が離れていることもあるだろう。義勇の年ならば、以前にも情を交わしあった相手がいるのは当然だと思っているのかもしれない。
 もとより、仄暗い感情とは無縁の少年である。妬かれぬというのは少しばかり寂しいものなのだなと、義勇は胸の奥で独り言ちた。浮かんだ面影にわずかばかり申しわけなく思う。義勇は『彼』に悋気を見せたことはなかったから。
 
「うん。もう亡くなったから」
 サラリとした物言いではあったが、炭治郎の顔はたちまち曇った。やさしい子だと、義勇はつくづく思う。初めて恋い慕った彼の面影を、炭治郎のなかに見つけることはできないし、比べたことなど一度もない。恋をしたのは様々な要因が絡み合ってのことではあるが、それでも、このやさしさに心惹かれたのは間違いないだろう。
「煉獄だ」
「えっ!? 煉獄さんなんですか!?」
 盛大に驚く炭治郎に、義勇の顔に苦笑が浮かぶ。
「そんなに意外だろうか」
「意外っていうか……義勇さん、そんなことちっとも感じさせなかったから」
 煉獄さんもそんなことまったく言ってくれなかったしと、ポツリと漏らした炭治郎が、少し眉をひそめた。その顔はどこか申しわけなさげにも見える。
「俺、煉獄さんが戦っているとき、なんの役にも立てなくて……」
 煉獄が義勇の恋人だったと知って、その死に自責の念を掻き立てられたのだろう。泣きだしそうに瞳を揺らすから、義勇は苦笑を深めて、目尻に浮いた涙の粒をそっと吸い取ってやった。見えぬ瞳でも涙は浮かぶのだから不思議なものだと、頭の片隅でチラリと思う。
「煉獄は立派に柱として戦い、柱としておまえたちを守り抜いたのだろう? 責任を感じることはない。煉獄が聞けば逆に悲しむ」
「はい……そうですね」
 ためらいがちではあるがようやく笑みを見せてくれた炭治郎に、義勇も小さくうなずいた。
 想いを告げあい、初めて体を重ねた夜だ。愉悦や歓喜の涙でなければ、泣き顔など見たくはない。
 あんな顔をさせてしまうとは不甲斐ないなと、少し自嘲したものの、義勇の胸はそれでも温かかった。
「さっき、思わず煉獄と同じことを言っていた。初めて恋しい人を抱いた男が口にするのは、みな同じなのかもしれないな」
 この温かく幸せな夜に、煉獄が翳りとなるのは忍びない。あえてまた名を出せば、炭治郎も今度は笑みを消すことはなかった。
「えっと、つらくないかってやつですか?」
「うん。俺の答えもおまえと同じだった」
「一緒?」
「鍛えているし、やさしかったから、と」
 言って義勇は、フフッと小さく笑った。
「だが、事の最中はおまえとするより、はるかにもたついた。お互い初めてだったし、知識と実践は違うと思い知った」
 先ほどまでの行為を思い出したか、炭治郎の頬がほわりと花咲くように染まる。愛らしいその色に惹かれ、チュッチュと音を立てて接吻を降らせれば、くすぐったげに肩をすくめ、炭治郎もクスクスと笑いだした。
 お返しとばかりに炭治郎も義勇の頬に、鼻先にと、唇で触れてくるから、なんだかムズムズと抑えがたい喜びが義勇の胸にわき上がってくる。
 逆らわず、義勇はまろい頬にかぷりと歯を立てた。頬に耳にと甘噛みつづけると、炭治郎も同じことを返してくる。唇にも接吻した。唇をそっと触れあわせるだけの接吻は、欲を煽る口吸いよりも甘く、多幸感だけを掻き立てる。
 ふたりとも笑っていた。幸せだと伝えあうように、互いにひとつきりの腕でゆるく抱きしめあって、幾度も接吻を繰り返す。甘やかな空気には色めいたところはなく、どこか子猫のじゃれあいに似ていた。
「義勇さんと煉獄さんも必死でした?」
「そうだな……必死だったと思う。わからないなりに抱きあわずにはいられないような、なにかに急かされているみたいな交合だったと思う」
「義勇さん、余裕そうに見えたけど……そっか。同じ、ですね。なんかうれしいです。ね、煉獄さんを好きになるのはすごくわかるんですけど、なんで俺のことを好きになってくれたんですか? 煉獄さんほどの人とおつきあいしていたのに、俺を想ってくれたってのがなんだか信じられなくて……あっ! 別に義勇さんの気持ちを疑ってるわけじゃないんですけど!」
 あわてる炭治郎に苦笑して、義勇の目が、ふと遠くを見つめた。
「竜胆を……」
「竜胆?」
「うん。柱稽古を始めてしばらくして、おまえ、竜胆を持ってきて生けたことがあっただろう?」
 暫時記憶をたどるように少し上目遣いになった炭治郎は、やがて、あぁとうなずいた。
「なんとなく義勇さんを思い出したからって摘んできたんでしたっけ」
「煉獄にも、竜胆に似ていると言われたことがある。そのときに思い出した。煉獄に教えてもらった、人を恋うるという気持ちを……」
 ひっそりと笑った義勇の脳裏に、在りし日の煉獄の笑みがよみがえる。
 竜胆のような愛らしい花にたとえられるなど、なんとはなし据わりが悪いと怪訝な顔をしてしまったが、それでも心のなかに温かくどこか面映ゆい不思議な感慨が満ちたのを覚えている。愛おしいという感情を込めたまなざしがあるのなら、あのときの、義勇を見つめて微笑む煉獄の瞳そのものだろう。
 
 少しずつ、少しずつ、ゆっくりと育っていった恋だった。衝撃的な天啓があったわけでもなく、好意が少しずつ募って、気がつけば恋になっていた。そんな恋だった。
 
「十二階の辺りで潜入任務をしたことがある。そのときに、なぜだか竜胆と勝手に呼ばれだしたんだが」
「え、ちょ、ちょっと待ってください? えっと、義勇さんも潜入任務なんてしたことがあるんですか? え? 義勇さんも女の子の格好したんですか?」
 煉獄との思い出話のつもりが、炭治郎が食いついたのは、思いもよらない文言にだった。何故そんな誤解をするのかわからずに、義勇の眉間にわずかにしわが寄る。
「なぜそうなる」
「だって、潜入任務ってそういうもんじゃないんですか?」
 キョトンとする炭治郎に、義勇はスンと表情を消すと、違うと呟いた。なんでまたそんな勘違いをするのだかと、即座に探った記憶のなかで、思い当たるものを探り当てた義勇は、呆れをにじませた嘆息をもらした。
「そういえば、おまえは遊郭に潜入したことがあったんだったか」
「はい。だから義勇さんも同じことしたのかなって」
「潜入任務にもいろいろある。だが……まぁ、俺も似たようなものだ。男娼のふりをした」
 だから女の格好はしていないが、立場的には遊女と似たようなものだなと、努めて何気なく義勇は言ったが、炭治郎はこれでもかというほどに目を見開いて、驚きを露わにしている。
「男娼って、えーと、陰間ってことですよね?」
「よく知っているな」
「はい! 遊郭に潜入したときに知り合った女の子たちと文通していて、教えてもらいました!」
 朗らかに笑う炭治郎に、義勇は再び苦笑した。まだ汗で湿った髪を撫でてやり、チュッと炭治郎の額に唇を落とす。
「俺はそんなことも知らなかった。あのときは、十二階の辺りで行方不明になる男娼が増えているという噂があって、鬼のしわざではないかとの報告があった。それで潜入し探ることになったんだが、行方不明になった人数がそれなりに多かったものだから、下弦以上の鬼ではないかとの疑いがあったんだ。下級の隊士や隠には荷が重いということで、柱が任にあたることになって、俺がえらばれた」
 
 思い出すのは、享楽的な品のない笑い声。空気に漂う酒精。性に合わない街だった。
 アセチレン灯の明かりで昼間のように明るい歓楽地から外れれば、浅草の裏の顔が広がる私娼窟だらけの界隈だ。慣れぬ洋装をして、背に日輪刀を隠しひっそりと暗がりに立つばかりで過ぎる日々に、内心少し焦れていたのを覚えている。
 
「おまえ、宇髄に化粧されたんだったか。俺も宇髄から指南された」
「え? 化粧をですか?」
「いや、立ち居振る舞いが男娼らしくないと。もっと気だるげにだの、視線の送り方が違うだの、やたらと口うるさく直されて閉口した」
 思わず義勇は苦笑をもらした。思い返せば宇髄という男は、あのころから面倒見がよかったのだろう。特別親しみを込めて話しかけてくれはしなかったが、義勇から胸襟を開いて接していればと思うこともある。
 おそらく宇髄は、煉獄と義勇の仲を、柱のなかではただひとり気づいていた。
 慰めの言葉をかけられたことはない。だがそれでも、煉獄の話になった際に、宇髄が義勇を見つめるまなざしはやさしかった。炭治郎と恋仲になったことを告げたときも、宇髄はそうかと笑い、煉獄も喜んでるだろうよと、やさしい目をしていた。
 
「その甲斐あってか男娼のフリは怪しまれることはなかったんだが、なぜか竜胆と呼びかけられるようになった。本名を告げるわけにもいかないし、宇髄からおまえは口を開くとぼろが出るからしゃべるなと厳命されていて、仕方なしそのままにしていたんだ」
 
 男娼ばかりを狙って食う鬼だった。狙われるのは店などに属する者ではなく、立ちん坊と呼ばれる後ろ盾を持たぬ街娼だ。だから義勇も路地に立った。
 声をかけてくる男は多かった。命じられたままに無言で気配を探り、首を振る。その繰り返し。竜胆、竜胆の君と、やたらと呼ばれるようになったのは、街角に立ちだしてからいくらもしないうちだった。強引に迫られそうになるたび客のフリをした下級隊士がすっ飛んできて、義勇に声をかける。そこでうなずき、任務の基点とした待合茶屋の一室に連れだって入る。それでその日の任務は終了だ。
 どうにも鬼に繋がるとっかかりがつかめず、焦燥を抑えこむのが一番きつかった。今こうしているあいだにも、どこかで鬼が人を食う。心を静かに穏やかにと努めていても、苛立ちはじわりじわりと義勇の胸に積もっていく。
 だが、そんな日々にも終わりが来た。ようやく鬼が引っかかったその日、援護に来たのが煉獄だった。
 
 隙なく洋装を着こなしたその男は、見るからに紳士然としていて、最初義勇は、また外れかと落胆した。やたらと声を明るくし、やっと噂の竜胆に逢えたと喜ぶ男は、義勇のはだけさせた襟元に馴れ馴れしく触れてきた。
 鬱陶しい。そんな言葉が浮かんだのと同時に、感じたのは鬼の気配。男の見た目はまだただの紳士でしかなかったが、なぜだか本性を抑えきれなくなったらしい。
 こいつだ。確信したそのときに、義勇の視界の端に映った煉獄の姿。
 
 なぜだか、煉獄の姿はひどく眩しく見えた。
 
 共闘は難なく終わった。距離感をつかめなくさせる血鬼術持ちだったが、下弦ほどの力もなかったらしい。煉獄の援護を受け義勇が首尾よく鬼の頸を斬った。
 ふたり帰路につく際に、手を繋いでいこうと笑った煉獄の心中は、そのときの義勇にはわからなかった。ただ、不思議と断る気にはなれず、煉獄に手を引かれるままに享楽の街を歩いた。
「竜胆の君とは言い得て妙だな!」
「……似てない」
 あんな愛らしい花の名で呼ばれるなど、義勇にとっては理解の範疇を超えている。けれども煉獄の感想は違ったらしい。
「そんなことはない! 竜胆は、日に向かって凛と咲く。その瞳の色も、群れず凛と咲く様も、冨岡、君に似ている」
 そういった煉獄の笑みは、いつもの快活で男らしい笑みとは、どこか違っていた。
 やさしく、温かく、慈しみを込めた瞳。愛おしい。煉獄の微笑むまなざしは、そう言っているような気がして、まさかと打ち消しながらも胸の奥が不思議に甘くうずいた。
 
 好きだなぁと、思った。
 あまり馴染めずにいる義勇に、臆することなくよく話しかけてくれる煉獄を、好きだと思うのは当然だっただろう。明るく男らしい笑みや正義感と責任感にあふれる気質は、なんとなく錆兎を思い起こさせた。
 錆兎のように友人になれたら嬉しい。最初はそれぐらいの好意だった。けれど、話しかけられるたび、笑いかけられるたび、好きと言う気持ちは募って、積もって、いつしか恋しいに変わっていた。まるで神様のようだと眩しく見つめるばかりの恋慕は、最初のうちは信仰としか言えぬものだった気がする。
 
「おまえが、俺を竜胆に似ていると言ったそのときに、煉獄のことを思い出した。だからといって、煉獄の代わりになど思ってはいない。似ているとも思ったことはない。煉獄は煉獄だから恋したし、炭治郎は炭治郎だからこそ、恋しく想った。だが、それでも煉獄との恋がなければ、きっとおまえを愛おしいと想う心を素直に認めることはできなかっただろうと思う」
 
 煉獄が教えてくれたからだ。人を恋うる喜びを。恋しい人に触れるその幸せを。
 
 義勇にとって、初めての恋だった。ぎこちなくしか想いを返せぬ恋だった。幸せなのに、素直に幸せだと告げてやることは、胸のなかに巣食う自責の念が邪魔をして、いつでも戸惑いながら煉獄の手を待つだけだったように思う。
 初めて体を繋げたときには、お互い手探り状態だった。想いがあふれて、隙間なく抱きあわなくては胸が破裂しそうで。必死に繋がりあった。
「やっと君と繋がれた」
 義勇の体に深く身を沈め、幸せそうに笑った煉獄に、笑い返してやることもできず、泣きだしたいほどの幸せを伝える術も知らず、ただ必死に煉獄の頸に回した腕に力を込めた。
 
「互いに明日をも知れぬ身だ。いつ死に別れるかもわからぬ恋だったが……煉獄に言われたんだ」
 
『なぁ、冨岡。もし俺が先に死ぬことがあっても、君はまた恋をしてくれ。幸せだと笑える恋をしてくれ。一途に思われればそれは俺にとっては誇らしく幸せなことだが、どうにも心配でならぬのでな。……いや、すまん。少し嘘だ。君が幸せであることが、俺にとってはこの上ない幸せなのだ。俺とでなくてもいい。君には幸せな恋をしてほしい。これからも、俺がいなくなっても、ずっと』
 
 ひどいことを言う。本当は、そう思った。ずっと俺だけを想ってくれと言われたのなら、素直にうなずくものをと、少しばかり煉獄を恨みたくもなった。
 けれど。
 
「おまえは、きっと俺が先に死んでも、また恋をしてくれるだろうと思った。今ならあのときの煉獄の気持ちが、俺にもわかる。幸せな恋をしてくれ、炭治郎。世界とは、持ち回りで回っているらしい。煉獄がそう言っていた。強い者は弱い者を守り、守られた者はまた次の者を守る。恋もまた、同じように次の者へと想いを繋げていくのだと。煉獄が俺に恋を教え愛してくれたように、俺がお前を恋い慕い愛するように、おまえもいつか、俺がいなくなった後に誰かを想ってやってくれ。幸せだと笑っていてくれ。俺が恋したその笑みを、絶やさず次の誰かにも与えてやってほしい」
 
 義勇の笑みになにを思うのか、炭治郎は静かに義勇を見つめていた。そして、笑った。ふうわりと、花開くように温かくやさしく、恋の喜びをたたえた笑みだった。
 
「はい。安心してください。俺はもう、人を恋する気持ちを知ってます。義勇さんに恋したから。だから、また、恋をします。煉獄さんが義勇さんにくれて、義勇さんが俺にくれた幸せな喜びを、俺も、誰かにまたちゃんと渡します」
 そっと炭治郎の右手が義勇の頬に触れた。温かい手だ。生きている温もりだった。
 義勇もまた、炭治郎の頬に左手で触れた。命の温もりよ、恋の喜びよ、伝われと願うように。
「俺の命が尽きるまで、精一杯、恋をしよう」
「はい。義勇さん」
 
 やさしい夜だった。ただただ幸せで、温かい慈しみに包まれた、夜だった。
 その夜のことを、義勇は生涯忘れることはなかった。
 
 
 
 ふと気づけば、義勇は花が咲き乱れる川岸にいた。
 あぁ、俺は死んだのか。その言葉はすんなりと義勇の胸に落ちた。
 命の火が尽きる前には苦しみ抜くのかと思ったが、突然眠りに落ちたかのような静かな死だったらしい。炭治郎はきっと泣いているだろうなと、申しわけなさに胸がうずいたが、互いに覚悟はしていたから心配はしなかった。
 あの子は必ず、涙が枯れたら笑ってくれる。そして約束どおり、また誰かに恋をする。誰かとまた幸せに暮らし、誰かを幸せにするだろう。
 とはいえ、別れの挨拶ぐらいはしたかったが、死は人の意思ではままならぬ。しょうがないかと嘆息しかけたときに、その声は聞えた。
「冨岡!」
 聞き間違えるはずもない快活な懐かしいその声に、あわてて振り向いた義勇の視線の先に、彼は立っていた。笑っていた。
「……煉獄」
 あぁ、また逢えた。喜びが胸に満ちる。
 炭治郎に恋していた。だが煉獄への恋が枯れたわけでもない。いっそ誇らしい気持ちで、義勇は笑った。
 炭治郎に恋した。煉獄との約束を、ちゃんと自分は守り通したのだ。人を恋うる心を、忘れることなく、幸せに生きた。
「君の笑顔をやっと見られたな!」
「……遅くなってすまない」
「なに、かまわんさ! 君が幸せだったのなら、それでいい。むしろもっと遅れてきてほしかった!」
 変わらぬ笑顔と強いまなざしに、義勇はフフッと小さな笑い声をもらした。
「きっと、炭治郎がこちらに来たときには、俺も同じことを思うんだろうな」
 
 世界は持ち回りだから。
 
「君が幸せに生きてくれて、俺は本当にうれしい」
「うん。幸せだった。おまえが俺に教えてくれたから、俺も炭治郎を心のかぎり、命のかぎり、愛せた」
 巡って、回って、繋ぎ、託してゆく。想いは、心は、いつまでも。
 笑う義勇を抱きしめてくる腕に身を任せ、煉獄の背に腕を回す。なくしたはずの腕はきちんとそろっていた。
「行こうか。みんな待ってる!」
「あぁ、楽しみだ」
 手を繋いで、義勇は煉獄と歩く。遠い、遠い、あの日のように。
 そして義勇は、炭治郎の幸せを心の底から願う。
 炭治郎への恋と、煉獄への恋を、やさしくそっと胸に抱えながら。恋を知る喜びに、幸せそうに笑いながら。