※2/3以降から文字数を「新書メーカーで4ページ以内」に変更しましたので、一部を除きTEXTへの掲載としました。
内緒の宝物
お題:唇を尖らせて拗ねている相手をかわいいと思ってる義炭 ※恋人義炭。2021/ 1/1
義勇さんはあまり感情を表に出さないうえに口下手なものだから、なにを考えているのかわからないことがすごく多い。だから大概の人には誤解されてしまう。
義勇さんの良さに気づかないなんてもったいない。みんなに義勇さんのことをもっと知ってもらおうと頑張った。そりゃもう張りきった。
そしたら義勇さんが拗ねた。匂いを嗅がなくてもわかる。これは拗ねてる。ほんのちょっぴり唇を尖らせる、ささやかなへその曲げ方。でも原因がさっぱり思いつかない。
「なんで拗ねてるんです?」
単刀直入に聞いてみた。
「なんで俺といるときにほかの者に話しかける?」
「義勇さんの良さをみんなに知ってもらうためです!」
素直に答えたら、義勇さんは少し眉を寄せた。
「俺が一緒ならみんな義勇さんともっとおしゃべりしてくれると思って」
一緒に過ごせば義勇さんの良さはすぐわかると思うのだ。
口下手さんなりに一所懸命考えながら話してくれたりとか、転んだらさりげなく助けてくれたりとか。そういう気遣いをみんなにも知ってほしい。
ほっぺにご飯粒つけてたり、犬をそっと避けて通るとか。そんなかわいい義勇さんをもっと知らしめたい。
熱が入って力説しちゃったら、ますます義勇さんは拗ねた。ように見えた。
「しなくていい」
「なんでですか?」
義勇さんは無言で目をそらした。
「寂しい」
ポツリと呟く声に、それならなおさらみんなと仲良くなったほうがいいんじゃないのかなと首をひねる。
「俺といるときは、俺だけにしてほしい」
ほんのちょっぴり唇尖らせて、耳の先を淡く朱に染め義勇さんは言う。
なんだこのかわいい人。
これはいけない。もったいなくてほかの人に見せられない。
義勇さんを知ってもらおう作戦は失敗だ。残念だけどしかたない。
わかりましたと笑ったら、義勇さんはほのかに笑って、うれしそうに小さく尖らせた唇で俺の唇に触れた。
やっぱりみんなには内緒にしとこう。このかわいい人を取られちゃうのは嫌だから。
欲しいものはなんですか
お題:炭治郎が変装して義勇さんを尾行している ※両片想い。謎の時間軸。 1/10
義勇の誕生日が近い。
誕生日というのはすごいものだ。義勇が生まれてこなければ、今の暮らしはない。生まれてきてくれてありがとうございますと礼を述べ、祝いの品を贈りたい。
だから今、炭治郎は義勇をコソコソとつけている。
義勇さんが喜ぶ品を贈りたいが、本人に聞くのは無粋だ。驚かせたくもある。善逸たちに相談したら、義勇を一日観察してみろと提案された。
気づかれぬよう変装もしろ。言われるままにトンビだ中折れ帽だと着せられて、服だけならば紳士の出来上がりだ。どうにも服に着られている観が否めない。
ともあれこれならば気づかれまいと、炭治郎は義勇を尾行していた。やってきたのは百貨店。義勇をつけるのは骨が折れるだろうと思っていたが、存外楽だ。
なんともなればしょっちゅう足を止める。見るのは簪やらリボンばかりだ。
誰かに贈るのだろうか。思えばズキリと胸が痛んだ。
義勇が欲しいものは、義勇が恋しい人に贈るもの。これでは炭治郎が買うわけにはいかない。
唇を噛んでうつむいたら、ひょいと帽子を取り上げられた。
あわてて顔をあげれば、少しあきれた匂いをさせた義勇が、帽子を手に目の前に立っている。
立ち話もなんだと食堂に連れ込まれた。紅茶と西洋菓子までご馳走になってしまっては、ますますいたたまれない。
「姉だ」
「え?」
穏やかに微笑んだ義勇が言うことには、自分が生きているのは姉のお陰。だから誕生日には姉に贈り物をすると決めたのだと、義勇は微笑む。憂いのない顔だった。
「義勇さんが欲しいものじゃないんですね」
「俺の欲しいものは金では買えない」
スイと伸ばされた手が、やさしく炭治郎の頬に触れた。
「一緒にえらんでくれ」
「俺でよければ喜んで!」
思いがけず義勇と過ごす休日となったが、これでは炭治郎のほうが贈り物をもらったようなものである。言えば義勇は、また穏やかに笑った。
「服だけでなく中身も早く大人になってくれ」
少しだけ苦笑じみた笑みだった。
心揺さぶる想いの名は
お題:「なんて顔してるんだ」 ※しのぶさん視点 両片想い 1/19
「あらあら、なんて顔してらっしゃるんですか」
無表情でもわかるほど、義勇のまとう空気がどんよりと重い。めずらしいこともあるものだ。
「辛気臭い顔して、炭治郎くんとなにかありました?」
しのぶが聞いたとたん、義勇の肩がピクリと跳ねた。
「関係ない」
「関係ないってことはないでしょう? そんなんだから嫌われるんですよ」
いつもの軽口だが、義勇の変化は劇的だった。あからさまに肩が落ち、少しばかり青ざめても見える。
「あら、本当に嫌われちゃったんですか?」
俺は嫌われてないとの返答はなかった。これは重症だ。
だが炭治郎がそう簡単に義勇を嫌うとは思えない。なにやら齟齬があるのだろう。
根気よく聞けば
「それのどこが嫌われたことになるんです?」
しのぶに言わせれば心底馬鹿らしい。
『目があったら真っ赤になってそっぽを向かれた』
『話しかけると落ち着きがなくなる』
『一緒に食事すれば、胸がいっぱいで食べられないと言われた』
なんて、惚気でしかないではないか。朴念仁にもほどがある。
「触れただけで泣いたんだぞ?」
頬の汚れを拭いてやっただけなのに、息を飲んだ炭治郎はポロリと涙を落としたのだと、義勇はいかにも苦しげに言う。
まったくもって世話が焼けると、しのぶは思わず苦笑した。
「感情が抑えきれずに泣くなんて、恋以外のなんなんです?」
あきれ声で言ってやれば、義勇の目が見開かれた。
しのぶの言葉を噛みしめているらしい義勇に、しのぶは苦笑を深める。
本当に、なんて顔をしてるんでしょうね。
少し前までは幸せを自ら遠ざけているように見えたのに。炭治郎の仕草ひとつに感情を揺さぶられているのは義勇も同様だ。無表情ながらその白皙は、心弾ませているように見える。
あきれるけれど、こんな義勇は嫌いではない。
しのぶが顧みぬ幸せを、義勇は今、つかもうとしている。
自分の代わりになど口が裂けても言えないが、それでもどうかあなたたちは幸せにと、しのぶは静かに笑った。
だからやさしく触れて
お題:猫(CHALLENGE No.28) ※恋人義炭 1/29
「あ、猫」
ふらりと庭に入ってきたやせた黒猫に義勇さんが硬直した。
「猫嫌いですか?」
「嫌いじゃない」
即答するけど、不安なような、でもソワソワとうれしそうな、複雑な匂いがする。
「……寛三郎が猫に食われかけた」
「あぁ! そっかぁ」
子猫を食べちゃう鴉でも、弱くなれば反対に猫から狙われる。自然は過酷だ。
「今は座敷で眠ってるから安心ですね!」
柱稽古中、寛三郎も休める時間が増えた。
とことこと近づいてきた猫が、にゃあと鳴いた。途端にビクンッと義勇さんの肩が跳ねて、緊張の匂いが強くなる。
「……本当に猫嫌いじゃないんですか?」
「嫌いじゃないっ」
言いきるけど、緊張は消えてない。
「かわいいですか?」
「かわいい」
「触れます?」
「……触れる」
「でも、怖い?」
答えは返らず、代わりに小さな唸り声がした。眉間には深いしわ。
「猫には、引っかかれる」
「猫には?」
「犬には噛まれる」
「……でも、触ってみたいんですね」
こくんとうなずく仕草がかわいい。
足に体をすり寄せて甘えてくる猫に、義勇さんはますます固まってる。
「この子は大丈夫そうですよ」
義勇さんを傷つけないように、喉を鳴らす猫をしっかりと抱きしめてどうぞと促せば、義勇さんは恐々と猫に触れた。
なんだか既視感。緊張に震えながら触れる手を、俺は知ってる。
「……かわいいな」
小さな頭をそっと撫でて、義勇さんはふわりとはにかんだ。
あぁ、思い出した。
「ご飯持ってきます!」
縁側に下ろしても猫は気持ちよさそうに喉を鳴らしてる。義勇さんは静かに猫を撫でつづけながらうなずいた。
「鮭を分けてやってくれ」
猫を見つめるとろけるようにやさしい瞳に、ちょっと焼ける。だけどそれよりも恥ずかしい。
触れるのが怖くて震える手を、俺は知ってる。
初めて俺の肌に触れたときの、義勇さんの手。
「にゃあ」
ひっかかない猫はここにもいますよ。忘れないでと小さく自己主張して、熱くてたまらない顔を隠すように台所に逃げ込んだ。