やきもちとヒーローがいっぱい

6 ◇炭治郎◇

 突然現れた二人組に、炭治郎は思わず目を丸くした。義勇や錆兎たちの顔にも一様に、誰? と書いてある。
 一体何者なのかはわからない。だが、味方なのは間違いなさそうだ。

「な、なんだよてめぇら! 関係ねぇやつはひっこんでろよ!」
「関係はあるな! 俺たちは冨岡のクラスメイトだ、級友の危機を見逃すわけにはいかん!」

 金色の髪をなびかせて大きな声で言った人に目をしばたたかせ、錆兎と真菰が義勇へと視線を向けた。
「そうなのか? 義勇」
「知ってる人なの?」
 けれども当の義勇は首をかしげてしまっている。
「……見たことがある……かも?」
「おいぃっ!! ちょっとしか教室こねぇとはいえ、クラスメイトの顔ぐらい覚えておけや!」
 カメラをかまえた銀髪の大きな人に怒鳴られて、すまんと答えた義勇はどこかしょんぼりして見える。炭治郎は慌てて言った。
「義勇さんはまだときどき心が迷子になっちゃうんです! 悪気なんて全然ないんです!」
 訴えに応えてくれたのは金髪の人だった。
「ほほう。心が迷子か。それは困るな」
「そうなんです! あ、でも大丈夫です! 義勇さんの心が迷子になったときは、俺が絶対に迎えに行きますって約束しましたから!」
「それは感心だな! 少年、しっかり迎えに行ってやるんだぞ!」
「はい!」

 うん、この人は絶対に味方だ。だって凄くいい人そうだから。

「おまえら、声でけぇよ……煉獄だけでもやかましいのに、勘弁しろよな……」
 あと話が派手にずれてやがるからなと、げんなりしたように言うカメラをかまえた銀髪の人も、悪い人ではなさそうだ。義勇と同じくらいきれいな顔をしているが、義勇より口が悪いぶん、ちょっぴり怖そうだけれども。

「クラスメイトだからなんだってんだよ! こんな頭おかしいやつの味方したって、なんにも得しねぇだろ!」
「損得で人助けするほど落ちぶれてねぇよ、バァーカ。それより、この会話もしっかり録画してるからな。どうすんだぁ? 派手に動物虐待、あぁ、慰謝料がどうとかも言ってたな。恐喝も追加で現行犯だぜ? おまえらも中三だろ、内申書やべぇことになんだろうなぁ」
 証拠がありゃ言い逃れできねぇしな。不敵な笑みを浮かべた銀髪の男にそんなことを言われ、苛めっ子たちが一斉に青ざめる。
「こっそり証拠映像撮ってるなんて、なんか忍者みたいだな」
 感心とも呆れともつかぬ声で錆兎が言うと、男は露骨に顔をしかめた。
「言うに事欠いて地味な忍者かよ。颯爽と助けに入るヒーローか救いの神って呼べや」
 地味だから忍者は嫌だなんて、なんだか変わった人だ。
「忍者格好いいですよ?」
「やだね。派手なヒーローのほうが断然格好いいだろ?」
「銀色のお兄ちゃんもヒーローなの? あのね、ぎゆさんもヒーローなんだよ! お兄ちゃんと禰豆子を助けてくれたの。お兄ちゃんがぎゆさんは俺のヒーローっていつも言っててね、お兄ちゃんはぎゆさんのこと大好きなんだって!」
 禰豆子もぎゆさん大好きと、まだ涙で濡れた顔で禰豆子がにこにこと言う。
 たしかに登場のしかたはヒーローっぽかったかも。少し的外れなことを思いつつも、炭治郎は禰豆子の言葉にちょっと恥ずかしくなって、ちらりと義勇を見た。けれど義勇はとくに思うところはないのか、やっぱり無表情のままだ。
 いつも炭治郎が大好きだと言っているのを知ったところで、義勇にとってはなにも意味はないのだろうか。嫌われたわけではなくとも、義勇にとって自分は、ただの顔見知りの子でしかないのかも。それはずいぶんと悲しい。義勇の特別になれる日なんて、こないんじゃないだろうかとも思えてくる。

「それより、こいつらどうするんだ?」

 錆兎の言葉に、義勇を除く全員が苛めっ子たちをにらみつけた。炭治郎もハッとして、義勇の膝に押さえつけられている少年に視線を向けた。義勇が言われた言葉の数々を思い出し、炭治郎の表情は知らず険しくなった。
 犬を苛めていたばかりか、義勇を馬鹿にするなんて本当に許せない。だが、当の義勇は抑えつけていた少年の背からゆっくり立ち上がると、小さく首を振った。
「なんでっ!? だってこいつら義勇にひどいこと言ったんだよ!?」
「そうだぞ、義勇! また犬だって苛めるかもしれないだろ!」
 真菰と錆兎が口々に言うのには答えず、義勇はスッと視線をカメラに向けた。
「……証拠があるから、もうなにもできないってこと?」
「悪さはしなくなるかもしれないけど、俺は義勇を馬鹿にされたのを許す気はないぞ!」

 ああ、まただ。
 真菰と錆兎は、義勇さんがなにも言わなくてもちゃんと理解できるのに、俺はわかんない。

 炭治郎の胸がちくちくと痛くなる。
 義勇は、炭治郎がどんなに大好きだって思っても、うれしくもなんともないのかもしれない。義勇の特別は錆兎と真菰だけで、自分じゃ特別にはなれないのかも。
 考えるととても悲しくて、炭治郎は思わずうつむきかけた。すると、義勇の手がそっとその頭に乗せられて、そのままそっとなでてきた。
「仕返しされるかもしれない」
「……義勇さんにですか?」
 たしかにこいつらは卑怯な仕返しぐらい考えそうではある。でも義勇はとても強いから、そうそう危ない目にはあいそうにない気もするのだが。
 今ひとつ納得がいかずに聞いた炭治郎に、義勇はふるりと首を振り、炭治郎、錆兎、真菰に禰豆子と、ゆっくり視線を向けていく。
「えっと、俺たちに仕返ししにくるかもしれないから、ですか?」
 こくりとうなずいてくれた義勇に、炭治郎は、胸が喜びにふくらむのを感じた。
 義勇が言葉にしなくても、自分にもちゃんとわかった。なんにもわからないなんてこと、なかったんだ。
 しかも。

「いつも俺が一緒にいてやれるわけじゃない。炭治郎たちが傷つけられるのは嫌だ」

 めずらしく言葉でも伝えようとしてくれる義勇は、いつも通りの無表情ではあるけれど、心配そうな目をしている。ふわっと鼻をくすぐったのも心配の匂いだ。
 ちゃんと炭治郎のことも心配して、思いやってくれている。義勇が想ってくれているのは、錆兎や真菰のことだけじゃない。思えばなんだか叫んじゃいそうなぐらいうれしくなってしまう。義勇のやさしさが炭治郎の小さな胸に注ぎ込まれて、大好きの気持ちになってどんどん大きくふくらんでくるみたいだ。

「ふむ。一理あるな」
「おまわりや学校に言ったら、自棄になって仕返しするぐらいはやりかねねぇか。証拠を握ったままのほうが、手出ししづらいかもな」
 金髪と銀髪の少年たちも同意の声を上げたことで、苛めっ子たちの処遇は決まったようだ。
 みんなの会話を聞いている少年たちの顔からは、先程までの嘲笑などすっかり消え失せている。にらみつける炭治郎たちに、びくびくと怯えた目を向けている有り様だ。
 苛めっ子のうちの二人が、じりじりと後ずさり始めた。完全に戦意喪失しているようだ。
 だが、義勇に取り押さえられていた主犯格らしい少年だけは別だった。形勢逆転したこの状況でも、立ち上がるなり憎々しげに義勇をにらみつけてくる。
 顔は青ざめているものの、怒りや羞恥が勝ったのだろう。小さく震えながらも上目遣いに義勇をにらむ眼差しは暗い。
 憎々しげな視線を向けられた義勇はといえば、そんなものまったく気にかけていないように見えた。黙ったまま義勇が竹刀の袋を肩に担いだと同時に、少年の仲間が脱兎のごとく逃げだしたのにも、関心を向ける素振りすらない。

「あーあ、お仲間は派手に逃げちまったぜ? てめぇはどうすんだ?」
「……うるせぇ! 関係ねぇやつが口出しすんじゃねぇよ! 冨岡ぁ! てめぇ生意気なんだよ! ちょっと面がいいぐらいでチヤホヤされていい気になって、偉そうに俺に説教なんかしやがって! 親なしのくせに……みなしごならみなしごらしく、惨めったらしくしてろってんだ!」

 小馬鹿にした言葉に怒鳴り返した少年の吠えるような怒鳴り声と、憎しみに歪んだ顔は、醜悪そのものだ。その憎しみは、一心に義勇に向けられている。
 なんでそんなに義勇さんのことを目の敵にするんだと、炭治郎の胸にもまた怒りが湧いた。

「義勇は格好いいだけじゃなくて頭もいいもん! 前の学校じゃ、ずっと学年十位内だったんだから!」
「剣道だって大会じゃほとんど優勝だったぞ! 走るのだって早いし、おまえなんかよりずっと凄いんだからな!」
 真菰や錆兎が胸を張って言うと、少年の顔がますます歪む。
 義勇さんはやっぱり凄いんだなぁと炭治郎は素直に尊敬を深めたが、少年が抱いた感想は、炭治郎とは真逆らしかった。
「だからなんだってんだよ、このクソガキが! そいつはみなしごなんだぞ! いくら勉強や運動ができたって無駄なんだよ! しょせんは親もいない惨めなみなしご野郎じゃねぇか! なのに先公もクラスのやつらも、冨岡くん冨岡くんってうるせぇんだよっ!! でも、もうそれもおしまいだけどなぁ。姉貴が死んで頭も狂っちまってよ。もう誰もてめぇをチヤホヤなんてしねぇよ、気狂い野郎がざまぁみろ!!」
 ゲラゲラと嗤いだした少年の言葉が信じられず、炭治郎は、大きく目を見開いた。

 なんで……なんでそんなひどいこと言うんだ。なんでそんなことが言えるんだ。父さんや母さんがいないのは義勇さんのせいじゃないのに。大好きなお姉さんが死んじゃって、義勇さんがどれだけ悲しかったか、ちっとも知らないくせに!

 こんなひどいことを言う人がいるだなんて、信じられない。今まさに目の前にいてさえも、信じたくもない。グラグラと頭のなかが煮え立つようで、体が勝手に震えだす。こんなに怒ったのは生まれて初めてで、炭治郎は耳の奥がガンガンとしてきた。
 けれど、怒鳴りたくても声が出ない。あんまり怒りが大きすぎると、言葉も出なくなるのだと、炭治郎は初めて知った。

「なーんだ、ただの嫉妬かよ。くだらねぇ」
「まったくだ! 冨岡に嫉妬して攻撃したところで、君が冨岡より優れたことになるわけではないのがわからないのか? 自分の力が劣っているならば、努力すればいいだけのことだろう。冨岡自身ではどうにもできないことでしか自分を誇れないとは、惨めなのは君のほうではないのか?」