ワクワクドキドキときどきプンプン1日目

3:天元

 鱗滝の家に着いてすぐに、鱗滝から貸し布団を借りに行くと聞いた宇髄は、当然のように一緒に行くなら自分と煉獄だなと考えた。錆兎たちチビッ子では手伝いにならないだろうし、義勇が行けば全員でとなりかねない。
 鱗滝家のワゴンに布団三組とガタイのいい宇髄と煉獄、細っこいとはいえ一応は中学生の義勇にチビッ子四名では、さすがに乗り切れないだろう。世話になるというのに鱗滝一人に任せるわけにはいかないし、妥当な案はやはり自分と煉獄だろうなと思ったのだが、予想に反して錆兎と真菰が一緒に行くと言い出した。
「義勇は炭治郎と一緒に留守番な。道場の掃除は頼んだ」
「禰豆子ちゃんはどうする? ね、私たちと一緒に行かない?」
 禰豆子は一緒に行くと笑ったが、宇髄は警戒モードだ。なに企んでやがんだかと、ちろりと錆兎をねめつけると、錆兎は宇髄の剣呑な視線など意に介しもせず笑った。
「俺らだって義勇から目を離したくないけど、炭治郎にまだ礼らしい礼をしていなかったからな」
「炭治郎が一番喜ぶのは、やっぱり義勇と二人きりでいられることかなぁって思ったの」
 とはいえ、長時間はやっぱり不安だしちょっぴり悔しい。これぐらいが妥当かつ自分たちの限界。こそこそと打ち明けた二人に、宇髄も呆れて笑った。
 たしかに、炭治郎は義勇に対して生まれて初めての独占欲を抱いているようだし、義勇も炭治郎といると感情が動きやすいというなら、いいんじゃねぇのと宇髄は賛成したのだが。
「ならば俺も残ろう! 掃除も三人なら早く済むしな!」
 空気を読めないわけでもないくせにあえて読まなかったらしい煉獄が、そう宣ったものだから。人の言葉の裏を読むなど思いもよらぬ炭治郎がニコニコと「わぁ、ありがとうございます!」と礼を言い、義勇が無言でこくんとうなずいてしまえば、なし崩しに居残り組は煉獄、義勇、炭治郎の三人で決定だ。
 炭治郎へのお礼なのにとむくれる錆兎たちに苦笑しつつ、宇髄は、まぁそれもまたいいんじゃないかと思う。
 義勇は煉獄の押しの強さにちょっとばかり怯え気味のようだが、宇髄としては、煉獄の肩を持ってやりたい。なにしろ、義勇の剣技を見た煉獄の高揚っぷりときたら、宇髄がちょっと呆れてしまうほどだったのだ。あんなにうれしげな煉獄を見るのは、それなりに長くなった付き合いでも初めてだ。
 剣道に対しての煉獄の真摯さは、宇髄も重々承知している。義勇のチビッ子親衛隊である錆兎たちや炭治郎には悪いが、付き合いの長さの差で煉獄の味方についてやっても罰は当たるまい。
 毎日教室で逢うというアドバンテージは、義勇の怯えで無いも同然。今回の泊りで少しでも馴染めりゃ御の字と言うところだろう。まぁがんばれやと、嬉々として道着に着替えだした煉獄に、内心でエールを送ったのは十五分ほど前のこと。
 布団運びは宇髄一人で鱗滝を手伝うことになるが、まぁ仕方がない。宿代代わりと思えば安すぎるぐらいだ。

「いつまでもむくれてんじゃねぇよ。煉獄は声がデカすぎて派手に喧しいが、悪いやつじゃねぇぞ。あいつと委員長だけは、冨岡の無反応にめげなかったぐらいだからな」
 助手席から顔を出し、後部座席を陣取ったチビッ子たちに声をかければ、錆兎と真菰はしかつめらしく幼い顔をしかめた。
「杏寿郎がいいやつなことぐらいわかってるさ。けど、あいつは義勇にかまい過ぎるからな」
「義勇はもともと人見知りなの。煉獄さんみたいに強引な人は苦手なのに、大丈夫かなぁ」
 過保護な『お兄ちゃん』と『お姉ちゃん』に、宇髄は苦笑するしかない。
 かまい過ぎというならその最右翼はお前らだろうと、呆れて肩をすくめたら、運転席の鱗滝も苦笑とともに口をはさんできた。
「人見知りだからこそ、ああいう友人を作れてよかったじゃないか。義勇も少しずつ学校に馴染んでいかねばならんからな。喜んでやらんか」
 錆兎と真菰が顔を見合わせる。小学一年生とは思えぬほどに理性的なチビッ子たちは、そろってしかたないと言いたげなため息をついた。物わかりがよくて結構だと、宇髄は喉の奥で忍び笑う。
「禰豆子は煉獄さん好きだけど、真菰ちゃんたちは嫌いなの?」
 少し心配そうに言う禰豆子に、真菰がふるふると首を振った。
「ううん。嫌いじゃないよ。ちょっと義勇が心配だっただけ」
「まぁ、炭治郎と一緒には違いないしな。煉獄がいるほうが、なにかあっても安心かもしれないよな」
 ようやく笑みをみせた二人に禰豆子も笑う。これから四日間朝から晩まで一緒なのだ。不貞腐れられているよりも、こんな風に笑っているほうがいいには違いない。
 なにせ、ゴールデンウィークは始まったばかりだ。

           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「明日からどうすんだ? お前らはなんか計画してんの?」
 借りた布団をワゴンに運び込んだ宇髄は、会計している鱗滝や真菰たちをちらりと確認して、隣で枕を積み込んでいた錆兎に問いかけた。
「稽古があるからなぁ。天元はどうなんだ? うちでゴロゴロする気じゃないだろうな」
 顔をしかめて答える錆兎に、ひょいと片眉を上げた宇髄は、布団を整える素振りで屈みこんだ。錆兎にだけ聞こえるように小さな声で言う。
「あの馬鹿の素性、わかったぜ」
「……逆恨みの可能性は?」
「ないとでも思ってたか?」
 わずかな緊張をにじませた錆兎が、小さく首を振る。ああいう馬鹿はそう簡単に反省なんかしないだろと、冷めた侮蔑を込めて言う錆兎は、なりこそ小さいもののしっかり男の顔をしている。

 まったくもっておもしろいやつだ。笑いだしたくなるのをこらえつつ、宇髄は、禰豆子と手を繋ぎこちらに歩いてくる真菰に視線を向けた。
「ま、詳しくは後でな。嬢ちゃんには知られたくねぇんだろ?」
「……すまん、恩に着る」
 ウィンクで応えた宇髄に錆兎がちょっと顔をしかめたのは、たぶんチャラいとでも思ったのだろう。先の感想は若干修正、おもしろいけど失礼なやつだ。ったく。

「お待たせー。結局四組になっちゃったね」
「天元が無駄にデカいからな」
「無駄って言うな、チビ助」
「喧嘩は駄目だよ。仲良くしないとお兄ちゃんに怒られちゃう」
 わいわいと騒がしくワゴンに乗り込む。道場に戻ったら一時間ほど軽く稽古して、その後で昼飯にすると鱗滝に言われ、子供たちが元気よく返事した。きっと炭治郎たちが持ってきた土産のパンが昼飯になるのだろう。炭治郎の家のパンはうまいから楽しみだと、錆兎たちも喜んでいる。
「私もパン選ぶの手伝ったんだよ」
 禰豆子が自慢げに言い、パンの説明をしだす。ワクワクした顔でそれを聞く錆兎と真菰の姿に、宇髄は、こうしてるとこいつらもちゃんと禰豆子と同じ年に見えるのになと、ちょっと苦笑した。
 午後も稽古はあるそうなので、宇髄は炭治郎たちのお守を兼ねて見学することになるだろう。ビデオカメラを持ってきているから、稽古風景を撮るのもいいかもなと、宇髄は自分も少しワクワクしているのに気づいて苦笑を深めた。
 宇髄好みの派手さなどない、なんとも平和で穏やかな一日。それをワクワクと楽しみにしている自分が少し不思議で、ちょっとばかり面映ゆい。
 けどまぁ、と宇髄は思う。先日の出来事に対して不穏な懸念はあるにせよ、ひとまずはこの穏やかさを楽しんでもいいだろう。楽しむときには全力で楽しまなければもったいない。
 大きすぎる体躯を窮屈に縮こまらせて助手席に収まりながら、ワイワイと騒がしい子供たちの笑い声に、知らず微笑んでいた宇髄だった。

          ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 道場に布団を運び入れた一同を迎えたのは、大興奮の炭治郎の声だ。
「本当に凄かったんだ! 義勇さんがシュッてしたらパーンってなってビリビリッてして! すっごくすっごっく格好良かった!!」
「うん、全然わからん。おまえ派手に説明下手すぎだろ」
 呆気にとられる宇髄に煉獄が大きな声で笑う。どうやら義勇の一人稽古を見ていたらしいが、炭治郎の説明ではなにがなにやらさっぱりだ。
 しかしまぁ、煉獄もかなり上機嫌なところを見ると、義勇の剣技はやはり並々ならぬものなんだろう。先の一件でも、剣道などさっぱりわからない宇髄でさえ、容易にその片鱗は窺い知れた。
「面にしろ小手にしろ、まるでお手本のように洗練された剣捌きだったぞ! 見事の一言だった! とくに胴は美しかったな。胴打ちは苦手な者が多いが、冨岡の得意技はもしかして胴か?」
「義勇は返し銅も引き胴もきれいに決めるぞ。面打ちしてきたところを抜き胴で決めることも多いな」
 煉獄の問いに答えたのは義勇ではなく錆兎だ。自慢げな声に宇髄は思わず苦笑する。
「ほほう、それは凄いな! それで一本取れる者は高校生でもそうそういないのに、さすがだな。相当な修練を積んだんだろう!」
 煉獄の称賛に、どこか居心地悪げな義勇が、道場の真ん中に据えられた打ち込み台を見た。
「……ムザンくん相手だと、いくら打ち込んでも足りない気がするから」
「は? ムザンくん? なんだそりゃ」
 思わず訊き返した宇髄が打ち込み台を指差し、もしかしてあれの名前かとさらに聞けば、錆兎と真菰がそろって深くうなずいた。
「爺ちゃんが作ってくれたんだが、名前を付けようってなったとき、なんとなくムザンって名前が浮かんだんだ。ムザンくんで稽古すると気合の入り方が違う。なにがなんでも負けるものかって気になる」
「もう限界って思ってもね、倒すまでは絶対にやめないって思っちゃうの。鱗滝さんも、ムザンくんの名前つけてから打ち込みの回数が増えてたよ」
「先生と俺で一回ずつ壊した。あれは三代目ムザンくんだ」
「……名前の通り派手に無惨な目にあってんのな、ムザンくん……」
 うんうんとうなずきあう三人に、宇髄は呆れてげんなりとしたが、じっと打ち込み台を見ていた煉獄の感想は異なるらしく、錆兎たち同様に強くうなずいている。
「なるほど。不思議だが俺もその名を聞くと、壊すまで打ち込んでやるという気になってくるな。よし! うちの道場の打ち込み台もこれからはムザンくんと呼ぶことにしよう!」
「……俺も、名前を聞いたらなんだか頭突きしたくなってきました」
「禰豆子も……ムザンくん、なんか嫌」

 いやいや、名前一つでそんな大袈裟な。と、思いはするのだが。

「……ヤベェ、なんでだ? 俺もムカつくわ……派手に投げ飛ばしてぇ」
 うん、なんか駄目だ。すげぇな、ムザンくん。名前一つで滅茶苦茶腹立つわ。

 一同からジトッと睨まれた三代目ムザンくんは、窓から差し込む初夏の日差しのなか、ただ静かに立っていた。