待ってと震える声で懇願しても、義勇さんはいつもみたいに聞き入れてはくれなかった。
噛みつかれるようにキスされて、性急にベルトを外され履いていたチノパンをはぎ取られた。
シャツ一枚にされボタンを二つほど外されたところで、ゆっくりと裾から差し込まれた手に、ぞくぞくと甘い痺れが背筋を走る。その間もキスは止めてもらえなくて、口のなかに溢れる二人分の唾液が飲み込み切れずにこぼれていった。
「ちゃんと全部飲んでくれないか……俺の体液をおまえが飲んでると思うと、凄く興奮する」
やっと離れた唇が、そんな言葉を綴ってまた落ちてくる。反論なんてさせないとばかりに。
言ってる言葉は懇願だ。願っているのは義勇さんのほう。なのに、どうしてだろう。命じられているようにしか聞こえない。
そして俺は、義勇さんの言葉なら、お願いでも命令でも、聞かずにはいられないのだ。
どうにかこぼさないようにと溢れる液体を飲み込みながら、絡みついてくる舌に必死に応えていたら、ようやく唇が離れていった。互いの唇を繋ぐ銀糸がなんだか凄くいやらしく見えて、浅ましい欲がふくれあがっていく。
なのに手は俺の腹の上で止まったまま、いつもみたいに優しく撫でてくれない。早く脱がせて、早く触ってと、口走りそうになる。
「可愛い、キスだけでトロトロだ」
チュッチュと音を立てて目元や額にキスされながら、そんなことを言われても、憎まれ口は出てこない。初めて大人なキスをしたときは、義勇さんもどこかぎこちなかったくせに。思うだけで、口はハフハフと必死に息をすることしかできなかった。
腹に当てられたまま動かない掌から伝わる義勇さんの体温は、不思議に穏やかで安心するのに、安心なんてさせないでと願う。今欲しいのは、俺を翻弄する悪戯な指。シャツの裾を早くも持ち上げている欲望の象徴に、シャツの下で震えて立ち上がる赤味に、早くいつものように触れてほしくて。
邪魔な布は脱ぎ捨てて、義勇さんの素肌に触れたい。裸の胸を擦り合わせるように抱き締めてほしい。なのにどうして脱がせてもくれないし、宥めるように掌を当てるだけなのか。
いやいやと小さく首を振れば、義勇さんは小さく笑った。
「キスだけで勃ってる……感じやすいのがたまらないな」
言いながらシャツのなかから去っていく掌に、思わず嫌だと小さく叫んだ。
義勇さんの手がなくなって、シャツの裾がわずかに持ち上がっているのが丸わかりになる。いっそ視覚を遮る布がないほうが、いやらしさを感じさせないんじゃないだろうかと、見えないそれがどうなっているのかを知らしめる布地に思った。
居たたまれなくて身をよじれば、兆した熱をシャツの感触が掠めて、はふっと熱い吐息がこぼれた。
「こんな姿、ほかの誰にも見せたくない……俺だけしか知らない炭治郎、本当に可愛い」
さっきまでの冷たさなんて感じさせない甘い声は、熱を孕んで独り言みたいに綴られる。
その声音にすら感じ入って、お願いもう触れてと伸ばしかけた腕を取られて、引き上げられた。
「義勇さん……?」
呼びかけに答えることなく義勇さんは俺の腕を背後に回させると、器用にシャツの両袖を縛った。
「痛くさせたくないから、このまま」
囁きは、耳に直接吐息を吹き入れる近さでもたらされて、思わず肩をすくめた。ピアスがチャリっと鳴るのにさえ感じてしまいそうで、なんだか泣きたくなる。
だってまだ直接的な刺激はなにも与えられてない。それなのに、体の奥からずくずくと熱が込み上げて、じっとしているのですらつらいだなんて。どれだけ俺の体はいやらしくなってしまったんだろうと、少しだけ責めたくなって義勇さんを見つめたら、目元にキスが落ちてきた。
「涙目になってるの、いやらしくて可愛いな。もっと泣かせたくなる」
「……っ! なんで今日はそんなに饒舌なんですかっ。いつもはそんなこと……」
「言葉にしろと言ったのはおまえだろう? 俺はおまえの望みどおりに、いつも思っていることを口にしてるだけだ」
突き放すように言うけど、その息は熱い。口にした言葉はすべて真実だと、その熱さに教えられる。
「あぁ、すっかり大きくなったから、シャツの上からでも勃ってるのがわかるな」
そんな言葉とともにピンッと指先で胸元の頂きを弾かれて、勝手に引き攣れた悲鳴があがる。そんな俺に、義勇さんはひどく満足そうに喉の奥で忍び笑った。
「俺がここまで育てたんだと思うと、それだけで興奮する。人前で曝け出せないように、もっと大きくしてやりたくなるな」
言われて、恥ずかしさに顔が熱くなった。
両袖を縛られているせいでピタリと胸に張り付いた布地を押し上げる尖りは、たしかに以前に比べると大きく赤くなったと思う。プールや海への誘いにためらいを覚えるぐらいには。
恥ずかしいし困るのは確かだけれど、それでも嬉しいと思ってしまうのは、義勇さんにそこを可愛がってもらうのが好きだから。
口に出していったことはないけれど、最初は擽ったいだけだった愛撫に、いつの間にかあられもない声を出すようになっている。義勇さんはそんなのきっとお見通しなんだろう。そこを弄るときはいつだってひどく楽しげだ。
有言実行とばかりに布越しに甘噛みされて、背を仰け反らせた。胸を突き出すような格好は、まるでもっとしてってねだっているようで恥ずかしい。でも、もう抑えが効かない。
背に添えられた腕に支えられて、胸を突き出して腰を揺らす。高まる熱に触れてほしくて、はふはふと息を乱しながら義勇さんを見下ろしたら、ようやく長い指がシャツの裾に潜り込んできた。
触れられて思わず息を詰める。軽く握られて、早くも濡れだしていた先端を、ぬめりを塗り込めるように親指で擦られたら、知らず腰が跳ねた。
「もうヌルヌルだ。以前より濡れやすくなったな。いやらしいな、炭治郎」
クスクスと笑う声にさえ、頭がクラクラしてくる。愛撫はいつもに比べたら細やかなものばかりだっていうのに、なんでこんなに乱されてしまうんだろう。
「閉じ込めて、誰にも見せないようにしてやれたらいいのに……こんなに可愛くていやらしいおまえを、ほかの奴に見せたくない」
「可愛い……お前が乱れるのを見ているだけで俺もイキそうだ」
「お前のなかがどれだけ気持ちいいのか、おまえにも教えてやりたいな。おまえのなかは熱くて狭くてたまらない。絡みつくみたいに締め付けてくるたび、俺がどれだけ必死に堪えてるのか気づいてるか?」
あぁ、これだ。これがいけない。いつもよりもじれったい愛撫の代わりに、やたらと饒舌に語られる義勇さんの言葉が、愛撫と同じように俺の熱を上げてしまう。
ゆるゆると穏やかに弄られて、じわじわと緩やかに追い詰められていく。
もう少し。あと少しでと思ったところで、ピタリと止まる愛撫。なんで、どうしてと泣きじゃくっても、あやされるようにキスの雨が降ってくるだけ。決定打は与えてもらえない。
「も、やだ……ぎゆ、さんっ! 欲しい……っ」
泣きながら懇願したら、悪魔みたいに綺麗な顔がニィッと笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
後ろ手に両袖を結びあわされたシャツのせいで、手の動きを封じられているのが、地味にきつい。
トラウザーならまだ楽だったろうに、今日の義勇さんはブラックデニムなんて履いてるものだから、ファスナーを下ろすのだけでも手間取ってしかたない。
膝立ちの義勇さんの股間に顔を押し付けるようにして、口だけでファスナーと格闘すること五分。その前にボタンを外すのに十分はかかってるから、すでに十五分ほども義勇さんの股間に顔を押し当ててることになる。
なんでそんなにはっきりと時間がわかるかと言えば、ご丁寧にも一分経過するごとに、どこか楽しげな声でカウントして下さる誰かさんのせい。
カウントが聞えるたびに焦るし、泣きそうになるのに、義勇さんは手伝ってくれる気はないようだ。
俺を乱すだけ乱して、そのくせ達するギリギリで愛撫を止めるという鬼の所業を繰り返した挙句に、義勇さんが命じたのは欲しければ脱がせろ、だった。
手を使えないように後ろ手に拘束した上で、だ。
鬼だ。鬼がいる。
こんなふうにファスナーと格闘していたら、体に燻る熱だって治まりそうなものなのに、意に反して熱は吐き出し先を求めてぐるぐると体の内を巡るばかり。ときおり優しく髪や耳を撫でて、早くお前のなかに入りたいだとか、お前が欲しがってるのを見るだけで興奮するだとか、絶妙なタイミングで囁いてくるから、質が悪い。
脱がされることなく汗を吸っていくシャツが、肌に纏わりつくのが気持ち悪い。下肢の間でだらしなくぽたぽたと落ちている雫は、きっとシーツに大きな染みを作っているだろう。
早く早くと泣いてるみたいなそれを、ときどき指摘されるたび、恥ずかしさに泣きそうになった。
こんなに意地悪なことをされるのは初めてで、泣きたくなるのに、やめたくはない。
怖くて怯えたのは、義勇さんの冷たさにじゃない。
冷たさにさえ興奮を覚えて、欲しがる自分にだ。
だってこんなの知らない。浅ましすぎて怖い。
自分も知らない自分を暴かれて喜ぶなんて。
暴かれ喜ぶ俺を、義勇さんは追い詰める。
もっと欲しがれと、楽しげな声で言う。
欲しい欲しいと欲を孕んだ瞳をして。
ようやくファスナーを下ろしきったときには、思わず笑みがこぼれた。
さすがにデニムを下ろすのは無理そうで、ご褒美をちょうだいとばかりに見上げたら、喉の奥で笑った義勇さんがデニムを下げてくれた。
あらわれた濃紺のボクサーパンツには、染みができてる。ゴクリと喉が鳴った。義勇さんも興奮してるんだと教えてくれるその染みが、どうしようもなく嬉しくて、早くと促されるままに布越しに口づけた。
ゴムを噛んで引っ張った途端に飛び出してきた熱が鼻先を打って、ゾクリと背が震えた。
餌を前にした犬のように、ハッハッと荒くなってる自分の息にすら、興奮する。知らず、くぅっと甘えた鼻声が出たら、頬を濡れた先端で撫でられた。
「これをおまえの奥の奥までぶち込んで、繋がりたい……。おまえの全部を犯して、狂わせて……俺だけのものにしても許してくれるか? なぁ、炭治郎……おまえはどうされたい? おまえが望むとおりにしてやりたい」
もう冷たさなんてどこにもない優しい声は、どこか甘える響きをして、燃えるように熱い息とともに耳注ぎ込まれた。
答えなんて知ってるくせに、言わせたがる。優しいくせに意地が悪い。
「……全部、義勇さんのです。だから……犯して下さい」
いい子と頭を撫でられて、やっと貰えた優しい笑みは、淫らな情欲の匂いとは裏腹に慈しみという言葉が似合う穏やかさで、幸せに目が眩むような心地がした。
旅行なんか行かないよな? と、何度も念を押すように言われるたびに、行かない、行かないからもっと、と繰り返し答えて。
もう無理、許してと泣きじゃくるまで、愛されて。
約束をちゃんと守るいい子の俺が、後日、旅行の誘いを断ったのは言うまでもない。
今回のことで不満を一つ述べるなら、未成年の少年への淫行が発覚したとかで、俺を温泉に誘ってくれた先輩が逮捕されたことだろう。
あぁ、義勇さんがあんなにも駄目だって言い張ったのはそういうことかぁと、大学の構内でもちきりになってた噂話を聞きながら、思わず目が据わってしまったのだけれども。
俺に手を出そうとしていたのかまではわからないけれど、わからないままでいいと思う。考えるだけでも気持ち悪いし。
それはさておき、逮捕された切っ掛けのタレコミとは、いったい誰がしたものか。
タレコミをした誰かさんが想像どおりだとしても、以前のことで責めたくはないので、詮索はしないでおこうと思う。以前のこととはいえ、あのきれいな人の肌に一度でも触れたのだとしたら、逮捕もざまあみろとしか思わないしね。
あの日、夜中に鳴きだした腹の虫に互いに笑って、すっかり仲直りして食べた夕飯の残りのパーネ・トスカーノをなんとなく思い出す。
塩気のないパンは、スープを染み込んで美味しくなる。あんまり馴染みのないパンだけど、油分や水分を吸っても食パンなんかと違って、時間が多少経ってもへたらないのが特徴。
きっと、俺も同じなんじゃないかなと思う。義勇さんの愛情を吸って、味気なかったはずの俺の体は美味しくなっていくんだろう。
もちろん、食べるのは義勇さんただ一人だ。
夜中に食べると太るからなんて言って、追加で運動するころには、空気はいつものように甘く溺れそうなものになってた。
もしも俺が太ったとしたら、それは夜中に食べるからじゃなく、体中めいっぱいに詰め込まれた幸せによってに違いない。
だから詮索はしない。知らない扉を開けるのは、義勇さんが与えてくれるものだけで手一杯だ。
俺の体に染み込んで美味しくするのも、余すところなく平らげるのも、ずっとあなただけでいい。