年年歳歳・番外編詰め1

◇炭治郎4歳 → 義勇26歳&炭治郎18歳◇

「炭治郎、ちょっとおいで」
 大好きなおばあちゃんに呼ばれて、炭治郎は遊んでいた玩具を箱に入れると、リビングのソファに駆け寄った。
「なぁに、おばあちゃん!」
 にこにこと言う炭治郎におばあちゃんもやさしく笑って、炭治郎の頭を撫でてくれる。
「ちゃんとお片付けしてから来たのねぇ、炭治郎は本当にいい子だこと」
「だってお兄ちゃんだもん!」
 えへんと胸を張れば、おばあちゃんはますますうれしげに笑う。
 禰豆子や竹雄が見てなくたって、炭治郎はお兄ちゃんだから、いい子にするのだ。だって禰豆子たちはいつだって、炭治郎の真似をするから。遊んだ後は一人でもちゃんと玩具だって片付ける。お父さんとお母さんと約束したように。

 お兄ちゃんは約束を絶対に守るのだ。

「おばあちゃん、これなぁに?」
「集めていた端切れなんだけどね、これでお人形にお着物を作ろうと思って。ほら、この狐のお顔の布人形。裸ん坊はかわいそうだからね。炭治郎がお着物の柄を選んでちょうだい」
 テーブルの上にはきれいな布がいっぱい。赤に黄色、青に緑。きらきらしてたり、かわいい鳥やお花がいっぱいなのもある。
「わぁ、ぜーんぶきれいだね! どうしようかなぁ」
 んーと、んーと、と端切れを次々手に取る炭治郎を、おばあちゃんはにこにこ見てる。 
「おばあちゃん、これにする!」
 炭治郎が選んだのは、無地の小豆色と、黄と緑の亀甲柄の二枚だ。
「おやまぁ、ずいぶんと渋好みだこと。じゃあ着物を小豆にして帯を亀甲にしようか」
「半分ずつはダメ? くっついてるのがいいよ。んとね、こうなってるのがいい!」
 右に亀甲、左に小豆と重ねて置いて、炭治郎はおばあちゃんを見上げた。
 どっちか一つじゃなくて、別々じゃなくて、二つくっついてるのがいい。言いながら、炭治郎がダメ? とおばあちゃんを見ると、おばあちゃんはちょっと首をかしげて悩んでるみたいだった。
「そうねぇ、できなくはないけど……それなら、着物にするより羽織仕立てのほうがいいかしらねぇ」
「ハオリ?」
「そう。えーと、たしかお爺さんが着てる写真があったわね。ちょっと待っててね」
 よっこいしょと立ち上がって部屋を出るおばあちゃんに、はーいと元気にお返事して、炭治郎は選んだ二枚の端切れをにこにこと眺めた。
 ほかの端切れみたいにきらきらしてたりかわいい鳥がいるわけじゃないけれど、なんだかとってもこの二枚が好きだと思う。見ているとなんだかとっても安心できて、ちょっぴりドキドキもする。
 なんでかなぁと思っていると、おばあちゃんが古い写真を持ってきてくれた。
「ほら、お爺ちゃんが着ているこれが羽織。半分ずつでこんなふうに作ればいいかい?」
 炭治郎が知ってるおじいちゃんよりも、もっとずっと若いころのおじいちゃんの着物姿を見て、炭治郎は大きくうなずいた。
「……うんっ! 俺ね、これがいい!」
「じゃあ、これにしようね。羽織がこれなら、着物は黒無地のほうがいいかしらねぇ」
 にこにこと端切れを片付けながら、おばあちゃんは、出来上がったら炭治郎にこのお人形はあげようねと約束してくれた。

 それから何回か炭治郎が寝て起きたら、おばあちゃんがまた炭治郎を呼んで、ほらとお人形を渡してくれた。
 白い狐の顔したお人形。黒い着物の上には小豆色と亀甲柄の半半羽織。
「これでいいかい? でも男の子だからこういうお人形はいらないかねぇ……炭治郎っ!? どうしたの?」
「なぁに?」
 じっとお人形を見つめていた炭治郎が、あわてるおばあちゃんの声に顔を上げると、おばあちゃんのやさしい手がそっと頬をぬぐってくれた。
「いきなり泣いて……どこか痛いの?」
「俺、泣いてないよ?」
 きょとんとして自分でもほっぺに手を当てると、ぽろぽろと流れている涙で指先が濡れた。
「あれ?」
 ぽろぽろ、ぽろぽろ、涙は勝手に零れていく。悲しいわけでも、どこか痛いわけでもないのに、ぽろぽろ、ぽろぽろと。
 ちょっとおかしな羽織を着た、狐面のお人形。見ていると涙があふれて零れていく。
 ギュッと抱きしめてみたら、なぜだか胸がキュウッと痛くなった。
 痛いのはすぐに消えて、心配そうに病院に行こうかと言うおばあちゃんに笑い、炭治郎は首を振る。
「大丈夫! どこも痛くないよ。おばあちゃん、お人形ありがとう。宝物にするね!」
 炭治郎には、なんで涙が出たのかわからない。でも、流れた涙はなんだか温かくて。お人形をそっと撫でて、炭治郎は幸せそうに笑った。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「あれ? この人形ここに入ってたのか」
 ゴールデンウィーク初日の昼下がり。義勇の家に引っ越してきてからひと月も経つのに、寝室にはまだ整理していない段ボールが置かれている。それをようやく開けテキパキと片付けていた炭治郎は、箱の隅に入っていた人形を取り出しクスリと笑った。
「どうした?」
「あ、水撒き終わりました?」
 部屋に顔を出しこくりとうなずいた義勇に、炭治郎は、手にした狐の顔の布人形を掲げてみせた。
「これね、俺が小さいころにお祖母ちゃんが作ってくれた人形なんです。俺が着物を選びました!」
「……ずいぶん奇抜な羽織だな」
 近づいてきた義勇が隣に腰を下ろしながら言う。炭治郎は少し照れくさく頭を掻いた。
「ですよね。俺はよく覚えてないんですけど、別々はヤダ、くっつけたのがいいって言ったらしくて。でも宝物だったんです。この人形さえ持たせておけば、にこにこご機嫌だったって母さんが言ってました。大きくなったら机に置いたままになっちゃいましたけど」
「そうか」
 義勇の声はそっけないけれど、炭治郎から受け取った人形を見る目はやさしい。
 炭治郎の宝物を、義勇も大事に扱ってくれているのが、その瞳でわかる。うれしくて、炭治郎は弾む声で続けた。
「でもね、不思議なんですけどこの人形を初めて見たとき、俺、理由もないのに泣きだしちゃったらしいんです。善逸と伊之助が遊びに来たときにその話したら、前世でなんかあったんじゃないのかって善逸が言いだして」
「前世?」
 怪訝そうに首をかしげる義勇にうなずいてみせ、炭治郎は思い出したその一幕に苦笑した。
「はい。なんかそういう漫画を読んだばかりだったみたいで、前世で恋人がその柄の服を着てたに違いないって一人で興奮するもんだから、伊之助が馬鹿にしだしちゃいまして。いつものようにワーワーギャーギャーうるさくしたもんだから、竹雄に怒られて二人して正座させられてました!」
 明るく言った炭治郎は、義勇が差し出した人形を受け取り苦笑した。
「善逸はいつも恋バナに繋げるからなぁ。おまえもいきなり恋人だなんだ言われて困っただろ? んー、どこに置こうかなぁ」
「……茶の間に置けばいいだろう? 先生がくれた人形と一緒に」
「あ、そうですね! よかったなぁ、おまえ。これからは友達が一緒だぞ?」
 人形に笑いかけながら言うと、義勇の手がするりと頬を撫でてくる。これはもしかして、と思う間もなく、そのままピアスを鳴らすようにして耳たぶを撫でられ、炭治郎は小さく息を詰めると首をすくめた。
「もうっ、義勇さん駄目ですからね! なんで片付けが終わってないのかわかってます?」
「嫌か?」
 うなじへと回された手にやさしく促され義勇に顔を向ければ、義勇が下から覗き込むように上目遣いで見つめてくる。ズルいなぁとちょっぴり思いながら、炭治郎は小さくつぶやいた。
「……嫌じゃないから片付かないんじゃないですか」
 ふっと吐息だけで笑う義勇は、長い付き合いで何度も見ているのに、こういう空気にはいまだ慣れない。一緒に暮らし始めてからもう何度も肌を合わせているのに、今でもまだ恥ずかしくて、痛いくらいに心臓がドキドキする。
 照れ隠しを多分に含んだ「まだ昼間なのに……」という炭治郎の文句は、するっと無視された。
 立ち上がった義勇に腕を引き上げられて、ころりとベッドに転がされる。こういうときにどう反応すればいいのか、炭治郎はいつも困ってしまう。いつだって気が付けば、義勇の指や唇に翻弄されて、わけがわからなくなっているうちに、義勇のたくましい背にすがりつき甘く喘ぐことしかできなくなってしまうのだ。
 今も耳に目尻にと落ちてくる接吻に、炭治郎は、体を震わせることしかできない。手のなかの人形をすがる気持ちでギュッと握りしめていると、義勇の指がつっと炭治郎の手をなぞった。
「義勇さん……?」
 無言で人形を取り上げられ、ひょいとベッドヘッドへと置かれる人形を目で追った炭治郎は、かすかに感じた匂いにまばたいた。
「……義勇さん、今あの人形にやきもち妬きました?」
「…………悪いか」
 ぶっきらぼうな声と、ふわりと淡く香る拗ねた匂い。思わず炭治郎はクスクスと笑った。
「いいえ、俺、義勇さんにやきもち妬かれるの好きです。だってやきもちは好きだから妬くんでしょう?」
「……よく覚えてるもんだな」
「覚えてますよ、義勇さんのことなら全部」
 当たり前でしょうと笑って、まだ少し拗ねた匂いをさせている義勇の首に、腕を回す。
「……夕飯作るの、義勇さんも手伝ってくださいね」
「ああ……」
 小さく答えて首元に唇を寄せる義勇は、それでもまだ少し拗ねているような気がする。いや、怒ってるのかな? でも、なんで? 
 義勇を怒らせるようなことをしただろうかと炭治郎が困惑していると、肩口にチリっと痛みが走った。
 義勇に噛まれたのだと気づく間もなく、義勇の舌に痛んだ場所を舐め上げられた。強く吸われて思わず義勇の頭を抱え込む。
「……前世がどうでも、今のお前の恋人は俺だろう?」
 少し強い声が肩口から聞こえて、炭治郎はぽかんとしてしまった。
 じわじわと胸の奥からむず痒いようなうれしさがにじみだして、炭治郎は、闇雲に叫びたくなるのを一所懸命こらえる。

 もうっ、なんでそんなにかわいいこと言うんですかっ!

 ああ、もう、どうしてくれよう。八歳も年上で、ほんのひと月前までは自分の先生で、小さいころから炭治郎のヒーローだった人なのに。大人で格好いいだけじゃなく、こんなにもかわいいなんて、ズルい。
「今の俺の恋人も、来世の俺の恋人も、義勇さんだけですよ」
「……足りない。次の次も、その次も、お前の恋人は俺だ」
 ようやく小さく笑ってくれた年上の恋人のおねだりみたいな囁きに、きゅうっと胸を締めつけられながら、炭治郎は笑ってうなずいた。

「はい。ずっと、ずーっと、俺の恋人の座は義勇さんの予約席です」

 義勇さんもちゃんと恋人の場所は俺用に空けといてくださいね、という言葉は、途中で唇を塞がれてしまって最後まで言えなかったけれど、うれしげな匂いが答えだろう。

 お前はあっちを向いてろと、義勇の手でくるりと背を向けさせられた人形は、夜には茶の間にちょこんと置かれるに違いない。きっと、鱗滝がくれた義勇と炭治郎に似た木彫りの人形からは、ちょっと離れた場所に。
 ちょっぴりかわいそうだけれど、しかたがない。だって、炭治郎の強くてやさしくて格好いい上に、とってもかわいいヒーロー兼恋人は、やきもち妬きなので。

 そんなやきもち妬きの恋人が、来世の来世のそのまた来世まで、炭治郎を独り占めしたいと、甘えん坊の弟みたいにねだるなら。
 炭治郎はなにがなんでも叶えてみせようじゃないかと、強く誓うしかない。

 お兄ちゃんは約束を絶対に守るのだ。