義勇さんに稽古をつけてもらうようになってから、一緒に食事に行くことも必然的に増えた。
柱である義勇さんが選ぶお店は、きっとお高いに違いない。初めて食事に行くぞと言われたときには、そんな不安がちょっとあってドキドキしたりもしたけれど、義勇さんが選んだのは普通の蕎麦屋だ。前に早食い競争した店と大差はなかった。
「あのときは、料亭とかだったらどうしようかと思っちゃいました」
今日もふたりで往来を歩きながら、照れ笑いした俺に、義勇さんはどことなく呆れたような顔をした。
「柱はそんな店で食わない」
「へ? なんでですか?」
「困るから」
義勇さんは言葉が足りない。もしくは話が長い。正反対に思えるけど、どうやら義勇さんのなかでは一貫しているらしいと気づいたのは最近のこと。
こんなことを言ったら怒られるかもしれないけれど、義勇さんの喋り方は六太みたいな小さい子に似ている。思ってることを全部伝えなくちゃと、関係ないようなとこから話し始めたり、かと思えば、急いで伝えなきゃって結論だけポンと言ってみたり。子供が一所懸命話してるのと、話し方が一緒。
人によってはバカにされてるように感じることもあるだろうし、イライラする人もいるだろう。誤解されやすい人なんだ。
でも俺は、小さい子の喋り方には慣れてる。コツは気長に聞いて、質問で補ってやること。だからちょっぴり微笑ましく思いながら、聞いてみた。
「料亭では困るんですか?」
「時間がかかる」
ほら、聞けばちゃんと答えが返る。
「あぁ、たしかに料理が出るまで待たされそうですね」
料亭なんて行ったことないけど、なんとなく想像はつく。
「鬼は待ってくれない」
ヒュッと喉が鳴って、少し頭が冷えた。
「そっか。ご飯食べるのにも、柱の人たちには心構えが必要なんですね」
思わずブルリと身震いした。そんなことまで俺は考えたことがなかった。
考えてみれば、量だってきっと高い店は少なめな気がする。遊郭で見たのは、きれいに盛り付けられていたけれど一品ずつは少なかった。伊之助じゃ全然足りないだろうなと思ったぐらいだ。
そういえば、煉獄さんだってすごくいっぱい食べる人だった。柱ともなれば、食事の量だって生半可じゃ足りないのかもしれない。それじゃますます、お上品な店でなんか食事していられないだろう。
「俺も、気をつけます!」
尊敬と自分の至らなさに顔を引きしめて義勇さんを見上げたら、義勇さんからうっすらと、照れてるような、困っているような、淡い匂いがした。
表情はいつもと同じ。なにを考えているのかわからない能面みたいな無表情だ。でも、きれい。
思わずまじまじと見つめてしまった義勇さんの顔は、とても整っている。瑠璃色の瞳を見るたびに、なぜだかドキドキとするようになったのはいつからだろう。いつのまにか、義勇さんといるとときどき落ち着かない気分になるようになっていた。理由はまだわからない。
「あ、あの、そしたら買い食いで済ませることも多いんですか?」
ちょうど通りかかった団子屋の暖簾が目に入って、騒がしくなった鼓動をごまかすように聞いてみた。当然だと言われるかと思ったのに、なぜだか義勇さんはピタリと足を止めて、じっと団子屋を見つめた。
「義勇さん?」
「……買い食いは駄目と、姉が」
なんだか少し拗ねているような響きがしたのは気のせいかな。だって義勇さんはれっきとした大人だ。俺よりずっと年上で、喋り方は子供のそれでも、体だって大きいし、強い。小さな子みたいに、お姉ちゃんが駄目って言ったからなんて、言い出すわけがない……と、思ったのだけれど。
しゅんと少し下がった眉毛。未練ありげに離れない視線。なんだか、かわいい。六太を見ているようで、胸が少しだけキュッと締めつけられた。そのくせソワソワと心が弾みそうにもなる。
「じゃあ、俺が買ってきます! 俺は駄目って言われてませんから!」
待っててくださいねと笑いかけて、急いで団子屋に飛び込んだ。
義勇さんは、きっととってもいい子だったんだろうな。大好きなお姉さんの言いつけを守って、買い食いなんかしたことなかったんだ。それは、今も。もうお姉さんはいないけど、いや、だからこそ、今もお姉さんの言葉を守っていたいのかもしれない。
なんて、なんてかわいい人なんだろう。やさしくて、かわいくて、本当はとても純粋な人なんだ、義勇さんって。
少しずつ知っていく義勇さんのこと。そのたび胸が温かくなって、ドキドキともする。
どうしてかなんて、まだ、わからない。
「はいっ、おまたせしました!」
手にした団子を差し出したら、義勇さんは、ちょっとのあいだじっと見ているだけだった。まだ迷っているのかもしれない。
「これは俺が買ったものだから、買い食いにはならないですよ。お姉さんも許してくれます」
言えばわずかにほころんだ瑠璃色の目。けれど団子の串を受け取ることなく、義勇さんは俺の手を握って引き寄せた。
「え?」
俺の手に握られたままの団子を、カプリと食む義勇さんの顔は、伏せられた目がなんだか、こう、なんていうか……色っぽい?
思った瞬間、カッと顔が熱くなった。
こんなの、六太や茂たちで慣れてる。兄ちゃんちょっとちょうだいと、俺の手を引き寄せておすそ分けをねだる、甘えん坊でイタズラな子供の仕草。義勇さんがしたのだって同じ仕草なのに、なんでこんなにも違うんだろう。
スッと開かれた唇。白い歯が団子をかじり取る。子供みたいな仕草。でも、俺の手を包んでる義勇さんの手は、俺のよりもずっと大きい。ふせられた目元にまつ毛が落とす影に、ゾクッとする。
「ぎ、義勇さん……っ」
「うまい」
俺の手を握ったまま、義勇さんは薄く笑って、ちろりと唇の端をなめた。
ピシリと固まった俺に、義勇さんはちょっぴり不思議そうに小首をかしげた。
「ありがとう。もういい」
「え、あ、あのっ、全部どうぞ!」
「おまえが買ったんだ。おまえが食え」
そっけないように聞こえるけど、声はやさしかった。
「でも……」
「また、わけてくれ」
そう言って、義勇さんはどこかいたずらっ子みたいに笑った。
「飯屋に着くまでに食い終われ」
「……はい」
義勇さんの手が離れて、並んで歩き出す。なんとなく顔があげられない。だってきっと、みっともないぐらいに真っ赤になってるはずだから。
手にした団子は、ひとつ減ってる。これぐらいすぐに食べられるけど、口をつけるのがなんだか恥ずかしい。義勇さんの唇が触れた団子。それに俺が触れちゃってもいいんだろうか。
「……食いかけは、嫌か」
聞こえた声はどことなししょんぼりと聞こえて、慌てて首を振った。
「食べます! 嫌なわけないです!」
アムッと勢いよくかじりついたら、義勇さんは一瞬ビックリしたように目を丸くして、今度ははっきりと微笑んだ。
大人の色香と子供のはにかみを、まぜあわせたみたいな、きれいでかわいい笑み。
「今日は牛鍋にでもするか」
「あ、いいですね!」
隣に並んで歩きながら、他愛ない言葉を交わす。
子供みたいな喋り方と仕草に、大人の色気としたたかさ。どっちもあわせ持った義勇さんに、まだまだ子供でしかない俺がかなう日なんてくるのかな。いろんな意味で。
あんな仕草と表情ひとつにドキドキしちゃう理由だって、まだわからずにいる俺には、いつになったらそんな日がくるのか検討もつかない。
でも、いつかはわかる日がくるはず。子供の領分を抜け出して、ちょっと大人になれたなら、きっと、もっと、いろんなことがわかるようになるだろう。たとえば、義勇さんのことをもっとずっと知ったなら。そのころには、きっと。
思いながらモグモグと団子を食べてた俺を、ちらりと横目で見た義勇さんが、小さく笑いながら言った。
「ほかのやつには、やるなよ?」
ドキドキの理由がわかる日は、意外と近いのかもしれない。