プレゼントは一生ものの逸品です

 風邪が移るかもしれないけど、離れたくないから一緒に寝て。いつもみたいに腕枕して。
 泣きべそをかきながら、つたない我儘を述べる炭治郎に、義勇の機嫌は際限なく上向いていく。発熱で赤く染まった顔や、うっすらとかいた汗は少々目に毒だが、長年求めてきたものをようやく手に入れられたのだ。一晩くらいは我慢が延びてもいいだろう。

 ずっと、ずぅっと、欲しかったのだ。義勇を求めて独占欲をむき出しに、我儘を言う炭治郎が。

 まだ赤ん坊と言ってもいいぐらいの三歳の幼い炭治郎に初めて逢ったとき、自分の指をきゅっと握って笑った炭治郎に抱いた義勇の庇護欲は、年々募って積もって、歪に捻じれていった。
 姉や炭治郎の母に、弟みたいに可愛がってあげてねと言われ、義勇もそのつもりでいたけれど、炭治郎は義勇が思い描いた弟とは少し違っていた。

 なにしろ我儘を言わない、ほかの子みたいに駄々をこねたりもしない。二言目にはまだ舌足らずな声で俺は長男だから、お兄ちゃんだからと口にする。全面的に弟として甘やかしたくても、炭治郎自身がそうさせてはくれなかった。
 もっと我儘を言えばいいのにと思った。妹や弟に対してお兄ちゃんとして頑張るのはかまわない。頑張っている炭治郎を見るのは好きだ。けれど、自分は十歳も年上なのだから、もっと頼って我儘を言ったってかまわないのに。
 ほかの人と同じじゃ嫌だ。炭治郎が妹たちや友達に見せる、お兄ちゃん然とした面倒見のいい顔だけじゃ、満足できない。俺にだけ見せる顔が見たい。我儘に、強欲に、自分にだけは縋りついて甘えればいいのに。
 そんなふうに思うようになったのは、いつからだろう。義勇にもわからない。初めて逢ったころには、すでにそんな感じだったような気もするし、段々と不満が募っていったような気もする。

 はっきりと自覚したのは、炭治郎が義勇の前で初めてわんわんと大泣きした時だ。
 確か義勇が高一の時だったと思う。初めて彼女と呼べる相手ができたころだ。
 べつに恋愛感情なんてなかった。付き合うことに興味もなかった。告白にOKしたのは、炭治郎への想いを持て余していたからにすぎない。
 小学校にも上がらない男の子に抱く、度し難い己の執着心は、到底まともには思えなくて。悩んだ末に、性的な欲求が満たされさえすれば、変にこじれた炭治郎への独占欲や執着心も薄れて消えるんじゃないかと、縋るように興味もないクラスメイトの告白を受けた。

 求めるものがはっきりしていたからか、進展は早かった。

 とはいえ、ちゃんと女子の体に反応を示したことに安堵はしたけれど、結局はそれだけだ。肉体的な快感は確かにあったけれども、心はまったく揺り動かされることはなくて、こんなものかと思っただけだった。むしろ、露骨にベタベタと馴れ馴れしくなった彼女に、うんざりとすらしていた。
 彼女に感謝めいたものを抱いた瞬間があるとすれば、炭治郎が泣く姿を見られたあのときぐらいだ。
 姉が留守だからと彼女を連れて自分の家に向かっていたときに、突然聞こえた子供の泣き声。炭治郎の声だと、義勇にはすぐにわかった。だから彼女のことなどたちまち頭から吹き飛んで、すぐに駆け寄ったのだけれど、炭治郎はひたすら泣くばかりだった。見ている義勇のほうが苦しくなったぐらいだ。
 炭治郎は我慢強い子だ。派手に転んで怪我をしたときだって、こんなふうに泣いたことなんてない。ざっと体を確認しても怪我をした様子はなかったし、泣き出す原因がわからなくて、義勇はかなり困惑した。
 抱き上げて背中を撫でてやれば、小さな手でぎゅっと縋りついてくる。その温もりと重みに、歓喜が全身を満たしたのを覚えている。
 けれどそれも、彼女へと向けられた炭治郎の、燃えるような赫い瞳に気づいたときの比ではなかった。
 憎悪に似た瞳の輝き。自分の胸に顔を埋めて渡すものかと縋る手の強さ。あぁ、これは独占欲だ。炭治郎は彼女に嫉妬したのだと、炭治郎もまた自分に対して名状しがたい執着心を抱いているのだと悟ったとき、義勇は立っているのが難しいくらいの酩酊感に襲われた。幸福だった。あんなにも幸せだと思った瞬間はほかにない。
 炭治郎の本心を引き出してくれた恩はあるにせよ、二人きりになるには彼女は邪魔な存在でしかなかった。追い払うことにも、躊躇などするわけもない。
 幸せな心地に酔いながら、義勇は、腕のなかで泣く炭治郎を公園に連れて行った。
 そのまま送っていくだけなんてもったいなくて、少しでも長く抱き締めていたかった。
 とはいえ、あんまり泣き続けられるのも胸が痛い。一番好きな炭治郎の顔は、初めて逢ったときから変わらず、明るい笑顔なことに変わりはないのだ。

 公園のベンチに座って炭治郎を膝に抱えたまま、自販機で買ったココアを飲ませてやれば、炭治郎は嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔に、もう自分の想いからは逃れられないことを思い知った。これからは自分の劣情を炭治郎に押し付けないことに尽力するしかないのだろうなと、喜びつつも義勇は諦めたのだ。

 こんなにも幼い炭治郎に、自分は恋している。多分、劣情込みで。

 炭治郎はまだ恋愛感情など理解できてはいないだろうけれど、両想いなことに違いはないはずだ。けれどもさすがに義勇の欲を受け入れるには、炭治郎は幼すぎる。
 それでも、炭治郎が成長するまで我慢することぐらい、なんてことはないと思った。まだ恋人と呼ぶわけにはいかないだろうけれども、炭治郎が義勇に対する独占欲や執着を、こんなふうに露わにしてくれるかぎりは、気持ちの上だけ秘密の恋人同士というのも悪くはない。
 浮気なんてする気はないから、彼女とは早々に別れないと。そんなことを、自分の膝の上で泣いていたことも忘れてご機嫌に笑う炭治郎を見つめながら、義勇は考えていた。

 正直、当時の自分はかなり浮かれていたなと、義勇は少しばかり苦笑した。
 腕のなかで眠る炭治郎の顔は、少し苦しげではあるけれどあどけない。小さいころの面影が色濃く残る寝顔に、起こさぬようそっと唇を落とす。
 あのころより成長して、名実ともに恋人同士になりはしたけれど、炭治郎の遠慮は当時と大差がない。それが義勇には不満だった。
 恋だと認めたあの日以来、義勇の思惑とは裏腹に、我儘いっぱいに甘えてくるようになると思っていた炭治郎は、なぜだかそれまで以上に聞き分けが良くなった。義勇に甘えるのも以前に比べて遠慮がちになり、嫉妬をあからさまに表に出すこともなかった。
 もう一度嫉妬と独占欲を露わにする顔が見たくて、殊更に炭治郎が遊んでいそうな場所を彼女を連れて歩いてみたりしたけれど、炭治郎はやっぱり声すらかけてくることはなくて。すべては自分の勘違いでしかなかったのかと、義勇はかなり悩んだものだ。
 理由はわからないままだったけれど、どうやら炭治郎は義勇への感情を隠し通すことに決めたらしい。自分と彼女に向ける炭治郎の視線で気づいたときに、義勇は一つ賭けをすることに決めた。
 小学生の炭治郎では、到底自力で逢いになど来れない地方の大学に進学したのは、諦めるための悪あがきなんかじゃない。炭治郎のすべてを手に入れるための賭けだった。
 離れてもなお、炭治郎の執着心が自分に向かい続けるのなら。もしも、炭治郎が我を抑えつける性質を捻じ曲げてさえも、義勇のことが好きだと口にしたのなら。自分も覚悟を決めようと思った。

 全部手に入れて、放さない。明るく優しく面倒見の良い、誰もが知る炭治郎も、苛烈なほどの独占欲や執着心を露わにみっともなく縋りつく、義勇にしか見せない炭治郎も、全部、手に入れて、愛し抜いてやろうと。

「まったく……強情な奴だ。さっさと見せればいいものを」
 けれどそれさえも可愛くてしかたないのだから、もうどうしようもない。
 それに、時間はいくらでもある。一生手放す気などないのだから、俺の想いを一生かけて思い知ればいい。少々不穏な笑みを浮かべ、義勇は満足げにほくそ笑んだ。

 とりあえずは、明日は炭治郎と一緒に一日遅れのバースデーケーキを食べようか。実は大慌てで買いに行ったレトルトを温めただけの粥については、さて、どうすべきか。尊敬の視線はそれなりに心地好いので、料理の腕を誤解されたままでもかまわないが、バレたときが少々面倒くさいかもしれない。義勇としては、炭治郎を泣き止ませるためのココアさえ上手く入れられれば、それ以外の調理などどうでもいいのだが。
 しかしながら、一生を共に過ごすうえで粥の一つも作れないのは、問題があるだろう。これから先、また炭治郎が体調を崩すことだってあるだろうし。
 それならいっそ、素直に告白して炭治郎に教えを乞うてみようか。きっと炭治郎は、自分にも義勇に教えられることがあることを喜ぶだろう。

 でもそれも、朝を迎えてからの話だ。腕を伸ばして手にしたスマホを確認すれば、時刻は二十三時。あと一時間で今日が終わる。
 炭治郎の感想はきっと異なることだろうが、義勇にとっては極上の誕生日が終わる。

 一生ものの大切なプレゼントは腕のなか。返品なんて死んでもしない。