二
「あら、こんにちは冨岡さん。そしてさようなら」
なんで!? って顔をされても、そう言いたくもなります。
お館様の発案で始めた悩み相談の問診は、今のところ順調だ。最近ではそこそこ隊士が来るようになった。だがそのぶん、しのぶの忙しさは増すわけで。次の希望者で今日の問診はようやく終わりと安堵していたら、入ってきたのは仏頂面の同僚だ。しかも、ほんの一週間前にやたらと疲れさせられたばかりの、である。正直言えば嫌な予感しかしない。
とはいえ、隊士たちの悩み解消の手助けは、お館様から下されたしのぶの任務だ。手を抜くわけにはいかない。
「冗談はともかく、今日はどうされましたか、冨岡さん」
義勇と顔を合わせるのは前回の問診以来だ。けれど、炭治郎ならば蝶屋敷に一度訪れている。炭治郎の様子から、義勇に授けた対処法は功を奏したんだろうと、しのぶもそれなりに安心していた。
とはいえ、冨岡さんの天然ドジっ子っぷりは油断ができませんからね。またなにか素っ頓狂な悩み事でしょうか?
少し不安を覚えつつ、それでもいつものように笑みを浮かべしのぶが聞くと、義勇はわずかに視線を逸らせながらも「前回は世話になった」と礼を述べてきた。照れてでもいるのだろうか。
「お礼を言われるということは、あの頓珍漢(とんちんかん)な悩みは解決したってことでしょうか。それはよかった。ご用はそれだけですね、ではさようなら」
「……相談がある」
残念。また頭痛を覚える問診にならなければいいんですが……。
「それで? 今日はどのようなお悩みですか?」
「……炭治郎が、俺のことを好きすぎる」
帰れ。
そう言わなかった自分を、誰か褒めてほしい。笑みが消えるぐらいは許されてもいいと思う。
一瞬で真顔になったしのぶに、義勇が無表情のままで慌てている。それがわかるぐらいには付き合いも長くなったけれど、それでも解せぬ。この男、いったいなにを考えているのか。
「その、今は俺も、炭治郎への想いが恋だと自覚している。炭治郎とも以前より深く想い合えていると思うのだが……だがやはり、俺が思う以上に、炭治郎は俺のことが好きすぎるのではないかと……」
「冨岡さん? これは隊士たちの気を塞ぐ悩みを解消し、鬼舞辻討伐の本懐にいっそう打ち込めるようにとの、お館様の親心でおこなっている問診です。それはおわかりですね?」
「無論」
おろおろとした気配が消えて即答した義勇に、しのぶの蟀谷にピキリと青筋が浮いた。
「でしたら! そんな惚気に貴重な時間を使っていないで稽古なりなんなりしたらいかがですか!!」
しのぶの剣幕に、義勇の肩がビクンと跳ねた。しかし、義勇もここで引けないのだろう。すぐに口を開き、言い聞かせるように述べることには。
「聞け、胡蝶。炭治郎を初めて抱いたときに」
「冨岡さん、そういうお話は男友達との酒の席ででもしていただけますかぁ? あ、すみません。冨岡さんにはそんなお友達は一人もいらっしゃいませんでしたね。うっかりです」
義勇の端正な顔が、スンッとなんとも言えない表情になる。まったく世話が焼けるったらない。
「ただの惚気だったら殴りますからね」
コクコクうなずく義勇を目の笑っていない笑顔で見やりつつ、しのぶは深いため息をついた。
――俺には衆道の経験などないが、初めての挿入は、慣らしても少なからず痛みや圧迫感を与えてしまうぐらいは想像がついた。炭治郎に痛い思いをさせたくなかったから、できるだけゆっくり挿入するつもりで力を抜けと言ったのだが……。
「はぁ、まったく力む様子もなくすんなり挿入できたと」
コクリとうなずいた義勇が眉を曇らせた。
「もしかしたら炭治郎は男同士の交合に慣れているのかと、その、不甲斐ないことだが炭治郎を一瞬、疑ってしまった。正真正銘、俺が炭治郎の最初で最後の男だというのに」
「最初はともかく最後かはまだわかりませんけどね」
にこっと笑って言ってやれば、義勇がピシリと硬直する。
ついイラッとして雑ぜ返してしまったけれど、これじゃ話が進まない。しかたなく「あの炭治郎くんが冨岡さん以外に懸想するわけないじゃないですか」と言ってやる。まったく炭治郎のこととなるとこの男はポンコツまっしぐらだ。
「それで? 続きをどうぞ」
――全部炭治郎の胎に収めて大丈夫かと聞いたら、炭治郎が、とろけるような愛らしい顔で「義勇さんが言ったとおりだ」と笑ったんだ。言われたとおり力を抜いたら痛くなかったし気持ちいいと……。たまらなくかわいかったのはいいんだが、いくら力を抜けと言われたからといって、ああいうときに自分の意思で完全に脱力などできるものだろうか。
「冨岡さんが小振りだったからじゃないんですか?」
「そんなことはないっ! 炭治郎もいつだって満足してくれている!!」
「あ、そういうのいいですから」
ふむ、と、しのぶは小さく首をかしげた。
「たしかに、衝撃があれば反射的に力んでしまうものですが……」
「だから、炭治郎は俺のことが好きすぎるんだと言っている」
しかつめらしい顔をして見せてはいるが、声にどこか自慢げな響きを感じるのは気のせいだろうか。
「炭治郎はいつもそうだ。胸を弄ってやるのも、最初はくすぐったがっていたが、すぐに気持ちが好くなると俺が言った次の瞬間には、背を仰け反らせるほどに感じていた。慣れれば陰茎に触れなくとも達することができるようになると教えたら、次の夜にはもう俺を受け入れ揺すぶられるだけで達していたぐらいだ」
「こういうときだけ饒舌なのは嫌がらせですかぁ? 医療行為の一環ですから私は気にしませんけれど、若い女性の前で閨のことを自慢げに語るなんて神経を疑われますよ? あ、冨岡さんには女友達なんているわけありませんでしたね。またまたうっかりです」
テヘッと自分の頭を軽く叩いてみせる。言葉を失ったか義勇は呆然として落ち込んでいるが、無視してしのぶはさらに首をひねった。
認めるのはなんだけれど、たしかに炭治郎の反応は、義勇の言葉への全幅の信頼や恋情ゆえと思える。義勇が言うならそうなるのが当然だと、脳や体が判断するのだろうか。
ちょっと調べてみたいぐらい稀有な反応ですけれど……それはともかくとして。
「それで、冨岡さんはなにが心配なんですか? 炭治郎くんの反応に悩んでらっしゃるんですよね? ですが、むしろ楽しんでらっしゃるように思いますけど?」
しのぶが聞くと、義勇は小さく視線を泳がせた。言い出しにくいことなのだろうか。
今さら照れてためらわれても、正直、イラっとするんですけど? 思いつつじっと待ったしのぶに、義勇が言うことには。
「いや……いつもはやさしく抱いてやるようにしているが、その、たまに箍が外れることもあって……」
――まさかとは思うが。それはさすがにないだろうと、俺も思いはするんだが。炭治郎は俺のことが好きすぎるものだから。もしかしたらということもあるかもしれないと。
「昨夜子種を注ぐときに、つい、俺の子を孕めと言ってしまったんだが……」
「帰れ」