「明日はお誕生会だね! 今度は義勇がお祝いされる番!」
一緒に砂山にトンネルを作りながらニコニコと笑う炭治郎に、義勇はちょっぴりモジモジとうなずいた。
ちょうど義勇の誕生日と同じ日に、幼稚園では二月のお誕生会が開かれる。それが義勇にはちょっぴり憂鬱だった。
炭治郎と同じ六歳になるのはうれしいけれど、お誕生会には、みんなの前で大人になったらなんになるか発表しなくちゃいけない。七月に義勇よりも早く六歳になった炭治郎は「俺は長男なのでパン屋になります!」と大きな声で言っていた。ほかの子だってみんな、お誕生会にはハキハキと自分がなりたいものを言っている。けれども、義勇はなにになりたいのか、まだ決められないのだ。
お姉ちゃんは、大人になったら看護婦さんになりたいらしい。俺もそうしようかなと義勇は思ったけれど、病院はあんまり好きじゃない。注射は怖いから、自分にはきっとできないだろうと、あきらめた。
従弟の錆兎は剣道の先生になると言っていた。炎組の煉獄と同じだ。ふたりとも家が道場をやっているから、年少さんのころから剣道をやっている。義勇も錆兎と一緒に習っていたけれども、人を叩くのはどうしても好きになれなくって、年長さんに上がるときにやめてしまった。だから錆兎や煉獄と一緒に先生をすることもできない。
同じ従姉の真菰は、花屋さん。音組の善逸は女の子にモテる仕事で、どんぐり組の伊之助は山の王と言っていたけれども、具体的にどういうのがモテたり山の王様なのか、義勇にはピンとこない。炭治郎も首をかしげていたし、ふたりに聞いてもとにかくなるとしか言わなかったので、本人もよくわかっていないんだろう。
「義勇はなにになるか決めた?」
聞かれたくなかった言葉がとうとう炭治郎の口から出て、義勇はしょんぼりと肩を落とした。
「ううん、まだ」
「そうなの? でも明日はみんなの前で言わなくちゃ駄目だよね?」
「うん……」
お祝いされるのはうれしいけれど、お誕生会はしてほしくない。元々義勇は人前でお話するのが苦手だ。おまけになにを話したらいいのかまだ決められないなんて、段々悲しくさえなってくる。
「炭治郎のお家がお店じゃなかったら、炭治郎はなにになりたかった?」
義勇のお父さんはサラリーマンだ。でも、もしもお店をしていたとしても、炭治郎のように長男だからお店をやると言っていただろうか。なんとなくしっくりこなくて、義勇は、眉毛を下げた困り顔で炭治郎にたずねた。
「え? そんなの考えたことない」
そんなことを聞かれるとは思ってもみなかったのだろう。炭治郎もつられたように困り顔をして、うーんと考え込んでしまった。
大人になったらなんになる? 簡単なようで難しい。
好きなものはいっぱいある。泳ぐのは好き、本を読むのも。剣道も、錆兎や煉獄がやってるのを見てるのは好き。花だってきれいだし、女の子にモテるっていうのはよくわからないけど、山も楽しいと思う。
好きなものだから大人になったら仕事にするというのなら、義勇はよけいに困ってしまうのだ。だって、義勇が一番好きなのは前からずっと決まっているのだから。だけど、それをどう仕事にしたらいいのかわからない。
「んっと、大人になっても義勇と一緒にいられるならなんでもいい!」
パッと顔を輝かせて言った炭治郎に、義勇はパチクリとまばたきした。ぽかんと口を開いた顔が、みるみるうちに真っ赤に染まる。
「本当?」
「うん! 大人になったらなりたいものは、パン屋さんと、義勇と一緒にいられる人!」
お日様みたいにニコニコ笑った炭治郎は、黙り込んで固まってしまった義勇に、ちょっぴり不安になったみたいだった。駄目? とまた眉毛を下げるから、義勇はあわてて首を振った。
「駄目じゃない。俺も、同じだもん。炭治郎が大好きだから、炭治郎と一緒にいられるのがいい」
砂山のトンネルが繋がって、ちょんと義勇の指が炭治郎の手に触れた。
そのままギュッと炭治郎の手を握って言ったら、炭治郎もギュッと握り返してくれる。うれしそうに「やったぁ! ずっと一緒だね!」と笑うから、義勇もどうしようもなくうれしくなってしまう。
「あのね、俺、ずっと一緒にいる方法知ってるよ」
親戚のお姉ちゃんが前に教えてくれた。だから義勇は知っている。大好きな人とずっと一緒にいる方法。
「炭治郎、大人になったら俺と結婚してお嫁さんになって?」
誰にも聞かれないように、小さな声で内緒話。みんなに聞かれたら恥ずかしいから。
「俺、男の子だけどお嫁さんになれるの?」
「大好きな人と一緒にいるのがお嫁さんだから、大丈夫だと思う」
内緒の話はなんだかくすぐったい。クフクフと笑いたくなっちゃうぐらいに。
「それじゃ、義勇も俺のお嫁さん?」
「んっと、親戚のお姉ちゃんはお婿さんのお嫁さんになったから、俺はたぶん、お婿さん」
「わかった! じゃあ約束!」
トンネルの中で、小指を絡めて指切りげんまん。義勇も炭治郎も嘘なんかつかないから、大人になったらちゃんと結婚するので、針は飲まないに決まってる。
「明日のお誕生会で言うの決まってよかったね!」
「うん」
保護者や先生たちの語り草になったそのお誕生会は、しっかりとビデオに撮られていて、何度も義勇と炭治郎を悶絶させたけれども、大きくなってもまだずっと約束はふたりの胸に刻み込まれているので。
大人になっても、やっぱり絶対に、針千本なんて飲む日はこない。