やきもちとヒーローがいっぱい

 炭治郎が初めて本物のヒーローに出逢ったのは、小学一年生のときだった。
 テレビのなかでポーズを決めて、怪人を倒すヒーローじゃないけれど。炭治郎をおっかない犬から助けてくれただけの、ただの中学生だけれども。炭治郎にとっては本物のヒーローだ。

 迷子になってた悲しげな目のヒーロー。強くてやさしいお兄ちゃんだけれど、弟のように守ってあげたくもなる、不思議なヒーロー。

 そのヒーローの名を、冨岡義勇という。

1 ◇炭治郎◇

「晴れてよかったですね、義勇さん! 昨日は雨だったから、散歩に行けなくなっちゃうかもって、ドキドキしちゃいました!」
 にこにこと笑いながら見上げれば、隣を歩いていた義勇は炭治郎へと顔を向け、小さくうなずいてくれた。整ったきれいな顔は、まったく感情が読めない無表情。それでも瑠璃色の瞳はちゃんと炭治郎を映してくれているから、炭治郎はたまらなくうれしくなる。トクン、トクンと、心臓が甘い音だって立ててしまう。

 ちょうど春のお彼岸も近いからと、竈門家と鱗滝家がそろって墓参りに行ったのは、先月のこと。
 今はもう春休みも終わって、四月も半ばだ。炭治郎は小学二年生になったし、妹の禰豆子も小学生になった。
 錆兎と真菰も禰豆子と同じく小学生になったけれど、残念ながら学区が違うので、一緒の小学校に通うことはできなかった。
 当然だけれど、中学生の義勇とも、一緒に学校に行くことはできない。

 なかなか逢えないのはとても寂しいけど、しょうがないよなと炭治郎は思う。
 義勇が学校に通えるだけでも喜ばなくっちゃ。忙しいのも義勇さんのためだもんな。

 お姉さんが亡くなったことが悲しすぎて、義勇はずっと心が迷子になっていたのだ。学校にもしばらくは通えなかったと真菰が言っていた。ようやく通えるようになった今も、保健室登校というのをしてるらしい。中学三年生になったこの四月から、少しずつ教室で受ける授業を増やしていくのだと、鱗滝が教えてくれた。
 だから少しでも授業に追いつくために、春休み中に義勇は、一日おきに学校に行って補習を受けていたそうだ。墓参りしたときに、鱗滝が教えてくれた。
 せっかく仲良くなれたのに、なかなか遊びに行かせてやれそうになくてすまない。やさしい顔をちょっとしかめ、心底申し訳なさげに謝る鱗滝に、炭治郎のほうがあわててしまった。
 もちろん、炭治郎だって義勇に毎日逢えたらなと思いはする。とってもとっても逢いたいし、いっぱいいっぱい一緒にいたい。けれど、そんなわがままは言えっこない。そんなことを言って、もしも義勇に嫌われちゃったら悲しいじゃないか。

 だから炭治郎が義勇に逢えたのは、知り合ったその日以来、今日でまだ三回目だ。一度目はみんなで行ったお墓参りである。
 桜の花びらがヒラヒラと散る霊園で、みんなでお墓の掃除をして花を供え、お線香をあげた。まだ保育園の竹雄や花子もちゃんとお手伝いしてくれたし、今年は錆兎たちもいる。大人数でせっせと掃除したので、例年よりも草むしりだって早く終わった。こんなに楽なら毎年恒例にしたいですねと、父さんと母さんが鱗滝さんと笑っていたっけ。
 そうして炭治郎は、義勇のお姉さんのお墓の前に義勇と並んでしゃがみ、真剣に手を合わせた。
 義勇さんの心が迷子になったら、どんな場所でも絶対に俺が迎えに行きます。義勇さんがいっぱい笑ってくれるようにがんばりますと、お姉さんと約束したのだ。お義兄さんになるはずだった人にだって、炭治郎はちゃんと手をあわせた。
 大好きだったおばあちゃんのお墓では、禰豆子や竹雄たちと並んでのお参りである。義勇は炭治郎たちの後ろで、錆兎たちと並んで拝んでくれた。
 本当は隣に並んでお参りして、おばあちゃんに義勇を紹介したかったけど、しょうがない。だから炭治郎は、禰豆子たちより長くお参りして、義勇がどれだけ強くてやさしいのかをおばあちゃんに教えてあげたりもした。
 義勇は朝からずっと、一言も口を利かずにぼんやりとしていた。それでも、お墓の前にまっすぐ進み出て静かに手をあわせた顔は、落ち着いているように見えた。

 もしかしたらまた泣いちゃうかもしれない。また心が迷子になっちゃうかも。

 そう思って炭治郎も少し不安だったけれど、鱗滝や錆兎たちは炭治郎以上に心配していたらしい。立ち上がり振り返った義勇に、苦しげな様子がないのを認めた途端、そろって安堵のため息をついていた。
 あの日は竹雄や花子も一緒だった。二人とも錆兎たちとはすぐに仲良くなったのに、義勇には少し遠慮がちというか、もっと正直に言えばちょっぴり怯えていたのが、炭治郎としては残念ではある。

 義勇さんは本当にいい人なんだけどなぁ。笑ってくれないのが怖かったのかな。でも、義勇さんのことをもっと知ったら、竹雄たちも絶対に義勇さんが好きになるよな!

 炭治郎はいたって楽観的だ。けれども炭治郎だって、得意になれるほど義勇のことを知っているかといえば、そんなことは全然ない。だってまだ逢った回数は片手の指にも足りないのだ。だけれども、義勇がとてもやさしくて強くって、頼れる人だというのは知っている。なにしろ炭治郎にとって義勇は、自分と禰豆子を助けてくれたヒーローなのだ。
 我慢しているけど本当は、もっともっと義勇に逢えたらいいなぁと思う。もっと義勇のことが知りたい。だけど、炭治郎にとって義勇が住んでる鱗滝の家は、遠すぎた。
 義勇の通うキメツ学園までだって、炭治郎の足では三十分もかかる。鱗滝の家はそのまた先。さらに三十分ぐらいは歩くと聞いたから、炭治郎が遊びに行くのはむずかしい。炭治郎が遊びに行っていいのは、十五分で帰ってこられる場所までと、父さんや母さんと約束しているのだ。約束を破るわけにはいかない。
 それでも義勇は、知り合うきっかけになった犬に二人で逢いに行こうと、言ってくれた。炭治郎が、義勇さんを独り占めしてみたいなぁと思っていたのを、ちゃんと気づいてくれたんだろう。みんなに内緒で約束してくれたのだ。
 残念ながら、その約束は半分しか果たされなかったけれど。

 犬のハチには逢いに行った。禰豆子と錆兎と真菰も一緒に。
 そう、みんなで、だ。

 敗因の一つ目は、炭治郎が言いつけを守るいい子だったことだ。

『出かけるときは必ずどこに行くのか言って、父さんか母さんにいいよと言ってもらってから行くこと』

 これはもう守らないわけにはいかないんだから、しょうがない。飼い主さんの家を聞かなきゃ、犬に逢うこともできないんだから、母さんには内緒にできない。でもそれがなくたって、そもそも炭治郎は、言いつけを破るなんていう選択肢を持ち合わせていないのだ。
 義勇さんと一緒に犬に逢いに行きたいんだけれどと、母にこっそり聞いてみれば、母は反対なんかしなかったし、飼い主さんに電話もしてくれた。

 その結果、禰豆子にもしっかりバレた。自動的に禰豆子も一緒が決定だ。

 母は、炭治郎が禰豆子を置いて義勇とふたりきりで行きたがるなんて、思いもよらなかったらしい。飼い主さんがどうぞ来てくださいですって。そう炭治郎に伝えてくれたその口で、母は禰豆子に向かって「義勇くんに迷惑をかけちゃ駄目よ」と当然のように言った。それを聞いた炭治郎も、違うのだ義勇と二人だけがいいのだとは、言えなかった。だって炭治郎はお兄ちゃんで、妹の面倒を見るのは当たり前なんだから。

 二つ目の敗因はといえば、これは義勇のほうにあった。
 なにしろ義勇にも、とっても過保護な『お兄ちゃん』と『お姉ちゃん』がいるのだ。
 心が迷子になっていた義勇は、長い間、食事をすることも満足に眠ることもできなかったらしい。だから当時をよく知る錆兎と真菰は、今でも義勇から目を離すのをとにかく嫌う。
 義勇を守ることを至上の命題としている節すらある二人だ。義勇が学校でもないのに一人で出かけようとするのを、見逃すわけがなかった。
 問題は錆兎たちばかりとも言えない。義勇自身も、そんな二人の過保護な行動を、完全に受け入れてしまっているのだ。
 そうして迎えた春休みの初日。炭治郎の家まで来てくれた義勇の両隣は、錆兎と真菰が陣取っていて、義勇からはちょっぴり申しわけなさそうな匂いがした。

 とはいえ。
 結果として、五人でのお出かけはとても楽しかった。

 義勇はまだぼんやりすることが多くて、あまり反応を返してはくれない。それでも自分から出かけようとする時点で、錆兎たちからしてみれば格段の進歩らしい。単独行動を許可するかどうかは、別問題らしいけれども。
 大人抜きでの一緒のお出かけが、うれしくてしかたなかったんだろう。墓参りのとき以上に、錆兎と真菰は上機嫌に見えた。そんな二人につられて、禰豆子もとても楽しそうにしていたものだ。
 唸り声をあげていたときにはとても恐ろしく見えた秋田犬のハチも、飼い主さんちの庭で逢ってみればかわいい犬だった。人懐こくて、お手やおすわりだって完璧な賢い子だ。炭治郎たちともすぐに仲良しになって、フサフサのしっぽをブンブンと振ってくれる。
 なによりうれしかったのは、義勇からもほんの少しとはいえ、楽しんでいる匂いがしたことだ。だから炭治郎も、二人きりじゃないのはちょっと残念ではあるけど、やっぱりみんなで来てよかったなと思ったのだ。

 そして、今日である。義勇とお出かけする三回目の今日は、またハチに逢いに行くのだ。
 当然のように、義勇を真ん中に左隣には炭治郎と禰豆子、右隣に錆兎と真菰の五人連れである。このままみんな一緒が定番になっちゃいそうな感じだけれども、しょうがない。錆兎たちとも炭治郎と禰豆子はすごく仲良くなったから、みんな一緒もちゃんと楽しい。
 新学期が始まってから二度目の日曜日。すっかり桜も散った昼下がりの遊歩道を、みんなでおしゃべりしながら歩く。
「でも本当にハチが元気になってよかったな。こないだは、人が来るとまだちょっと怯えるっておばさん言ってたから、心配してたんだ」
「うん。ひどいことする人がいるよねぇ。繋がれて逃げられないのに石を投げるなんて」
「ハチ、かわいそうだね、お兄ちゃん」
 眉を下げて禰豆子が言うのに、炭治郎もそうだなとうなずいて、思わず顔をしかめた。

 炭治郎と禰豆子を襲いそうになったあのとき、ハチは怪我をしていた。怒っているときには気がつかなかったけど、背中や頭、足にもいっぱい血が滲んでいたのだ。すごく痛そうだった。あれじゃ気が立ってもしょうがない。

『誰かに石を投げられたみたいなの。近ごろこの辺りで、犬が苛められる事件が起きてるらしくって……』

 不安そうに飼い主のおばさんが言う傍らでパタパタと尻尾を振っていたハチの体には、まだいくつか怪我が残っていた。だから遊んだのは庭でだけだ。お散歩に出るのをハチも怖がっていると、おばさんは言っていた。
 ハチが元気になったら、お散歩させてあげてもいいですかとみんなで聞いたら、おばさんはそのときには電話するねと約束してくれた。そうして、めでたく本日、みんなでハチを公園まで散歩につれていくことになったのである。

 犯人は、怒って鎖を引き千切ったハチに驚いて逃げてしまったらしく、まだ捕まっていない。石を投げられた犬のなかには、まだ怪我が治りきっていない子もいるそうだ。

 とても腹が立つし悲しい事件だけれど、でもちょっとだけ朗報もある。ハチに追いかけられて、犯人も懲りたのかもしれない。このところ犬が苛められたという話を聞かなくなったと、ハチをなでながらおばさんが教えてくれた。
 とは言っても、ほとぼりが冷めたらまたやるかもしれないし、今度は子供を狙うことだってあるかも。だからあなたたちも気をつけてねと、少し心配そうに。

 逃げられない犬に石を投げるなんて、どうしてそんなひどいことができるんだろう。そんなひどいことをする人は、一体どんな人なんだろう。

 ちょっとだけ怖くもなるけれど、すぐに炭治郎は、明るく笑って義勇を見上げた。
「ハチは本当はお散歩が大好きだって、おばさんも言ってましたよね! 今日はいっぱい散歩してあげたいですね、義勇さん!」
 炭治郎のヒーローである義勇はとっても強いから。だから大丈夫。なにも怖くない。
 義勇は今日も、竹刀の入った袋を肩にかけている。まだ炭治郎は、義勇が剣道をしているところを見たことはない。でもきっと、義勇は剣道だってすごく強いんだろう。だって炭治郎たちがハチに襲われそうになったときにも、義勇はあっという間にハチを取り押さえてくれた。
 だから絶対に、大丈夫。義勇と一緒なら、炭治郎は心から安心できる。

 義勇がちらりと視線だけで炭治郎を見下ろしてきたのと同時に、錆兎がくくくっと小さく笑った。
「今日はちゃんとハチをなでてやれるといいな、義勇!」
「ハチは降参ポーズしてるのに、義勇ったら怖がってなでてあげないんだもん」
「……怖くない」
 小さな声で言う義勇から、困っているような匂いがする。おや? と、炭治郎は目をしばたたかせた。
「義勇さん、犬が怖かったんですか?」
 思い返せば前回の訪問でも義勇だけは、ハチをなでてあげなかったような気もする。でも、犬が怖かったからだなんて、思いもしなかった。
 だって、初めて義勇に逢った日のハチはかなり怒っていて今にも噛みついてきそうだったけれど、義勇はちっとも怖がってるようには見えなかった。ハチに逢いに行こうと言ってくれたのだって、義勇からだ。

 それなのに、犬が怖い?

 信じられなくて炭治郎が聞けば、義勇はちょっとだけ強い声で言った。
「怖いわけじゃない」
「はいはい、怖いんじゃなくて苦手なんだよな。わかってるって」
「義勇はね、ちっちゃいときにお尻を犬に噛まれてから、動物が苦手なんだって。子猫もなでられないんだよ。でもすり寄ってくるのを追い払ったりしないの。やさしいんだぁ」
「義勇もハチの怪我の具合ずっと心配してたからな。怪我してるのに苦しい思いさせたからって。義勇が悪いんじゃないのにな」
 にこにこと笑いながら教えてくれる錆兎と真菰から、大好きの匂いがしてくる。義勇もちょっとだけ困ったような顔をしてはいるが、うっすらとやさしい匂いがしていた。二人を見る瑠璃の瞳も、なんだかほんのりと温かい気がする。

 炭治郎はそんな三人を見て、うれしいのにちょっとだけ寂しい気持ちがするのはなんでだろうと、小さく首をかしげた。
 学校の友だちが仲良くしているのを見るのは、自分が一緒じゃなくたって、炭治郎も楽しくてうれしい気持ちがする。
 けれど、義勇が錆兎や真菰と仲良しなのは、うれしいのと寂しいのが混じりあって、モヤモヤと変な気持ちになるのだ。
 初めて逢ったときには、そんなこと全然なかったのに。義勇と逢うたびどんどんと、そんな変な気持ちがするようになって、胸がちくんと痛くなったりもする。

 なんで義勇さんにだけこんなふうになっちゃうのかな。義勇さんが楽しかったりうれしかったりするのは、俺もすっごくうれしいのに……変だなぁ。

 炭治郎は、モヤモヤとするその気持ちをなんと呼ぶのか知らない。なんでそうなるのかも、わからない。
 でも、仲良くしているのを喜べないのは、きっと悪いことなんだろう。だから言えない。この気持ちがなんなのか、誰にも聞くことができなかった。

 悪い子は義勇さんだってきっと好きじゃないよな。俺が悪い子になったら、義勇さんに嫌われちゃうかもしれない。それは絶対に嫌だ。

 早くこの変な気持ちがなくなればいいな。思っていると、義勇を仰ぎ見た錆兎と真菰が、不意にそろって義勇の前に進み出た。
「これでいいだろ?」
「広がって歩いたらほかの人が通れなくなっちゃうもんね。ごめんね、義勇」
 義勇を振り返り見て言った二人に、炭治郎はキョトンとしてしまう。
 小さくうなずいた義勇が視線を前に向けると、その視線の先を目で追い、錆兎がうなずき返す。
「ああ、心配しなくても大丈夫だぞ? 俺も真菰もちゃんと注意して歩くから」
「ね? 義勇はやさしいでしょ?」
 今のやり取りはなんだろう。炭治郎にはさっぱりわからない。自慢げに笑う真菰に、また炭治郎の胸がちくんと痛んだ。

「えっと……」
「うん、禰豆子もぎゆさんってやさしいと思う! でも今なんにも言ってなかったよ? なんで真菰ちゃんたちはわかるの?」
 禰豆子の無邪気な問いかけに錆兎と真菰が顔を見合わせるのを、炭治郎はちょっとドキドキしながら見ていた。炭治郎だって、とっても知りたいことだったので。

「義勇の目を見てたらなんとなくわかるんだ」
「わかんないときもあるけどね。前はわかんないほうが多かったよ」
「義勇は元々口下手だったしな。でも今のはわかりやすかったぞ。遊歩道抜けるから、広がって歩いたら駄目だって言ってた」
「あと、自転車とかにぶつかったら私たちが怪我するかもしれないからって」

 言われて炭治郎も義勇の顔をじっと見上げてみた。視線に気づいた義勇が目を合わせてくれたけれど、炭治郎には義勇がなにを考えているのかやっぱりわからない。
 鼻が利く炭治郎は、うれしそうだったり悲しがったりしてる匂いがわかる。でも、義勇の匂いはとっても淡くて、わからないことのほうがずっと多かった。

 俺は義勇さんのことなんにも知らないし、ちょっとしかわからないんだなぁ。錆兎や真菰はいいな。義勇さんがなんにも言わなくてもお話しできるなんて。俺だってもっともっと義勇さんとお話ししたいのに。どうしたら錆兎たちみたいになれるのかな。

 うらやましいなと思った途端に、胸の奥がきゅうっと苦しくなって、炭治郎はなんだか悲しくなってきた。
 チクチクチクチク、胸が痛くて。モヤモヤモヤモヤ、胸が苦しくて。
 隣を歩く義勇は、ときどき炭治郎に視線を向けてくれる。それだけでも、わぁいと手を上げて大喜びしちゃうくらいうれしいのは確かなのに。
 錆兎や真菰は、やっぱり義勇の特別なんだな。そう思うたび急に悲しくなるし、胸のなかがモヤモヤとしてしまう。

 しょんぼりと炭治郎はうつむきかけた。すぐにふわりと炭治郎の鼻をくすぐったのは、心配する匂い。顔を上げてみれば、義勇がじっと炭治郎を見つめていた。
 義勇の表情は変わらない。きれいな瑠璃色の目を見ても、なにを考えているのか炭治郎にはわからない。その目はほかの人が見たら、もしかしたらとても冷たく感じるかもしれなかった。

 でも、心配してくれてる。俺だってなんにも言ってなかったのに。それなのに、俺がちょっと悲しくなっちゃったこと、義勇さんはちゃんとわかってくれたんだ。

 義勇さんは、やっぱりやさしい。

 うれしさと大好きな気持ちがあふれそうになって、炭治郎は、義勇を見上げてにっこり笑った。
『心配させちゃってごめんなさい。俺、元気ですよ! 義勇さんと一緒にいられてうれしいです!』
 義勇に伝わるようにと願いながら笑いかければ、義勇の瞳がやわらかく笑んだように見えた。
 それだけで、炭治郎はうれしくてたまらなくなる。悲しい気持ちが消えて、胸の奥があったかくなる。
 今はまだ、義勇についてはわからないことのほうが多い。それはしかたのないことだ。だってまだちょっとしか逢ったことがないんだもの。

 でもいつか絶対に、義勇さんのこといっぱいわかるようになろう。俺のこともいっぱいいっぱい知ってもらうんだ。そしたら、この変な気持ちも消えるかな。もっと義勇さんに好きになってもらえるかな。

 足取り軽く笑う炭治郎を、義勇から漂ってくるやさしい匂いが包んでいた。