麗しい人

 義勇さんは、とても強い。利き腕をなくそうと、そんじょそこらの暴漢ごときはへでもない。この前も往来で暴れていた酔っぱらいを、ものの数秒とかからず捕らえて警官に引き渡したそうだ。
 ちなみにこれは、お使いで偶然その場に居合わせたという、キヨちゃんからの手紙で知った。
 それぐらい強い義勇さんだが、うっかりやさんでもある。
 商品を棚から落っことしたとか、店の人に言われるままにとんでもない金額で芭蕉バナナを買ったなんてことなら、まだいいのだ。一月分の食費をそれで使い切ってしまったのはアレだけども。
 芭蕉を抱えて歩いてるところに出くわしてくれた宇髄さんには感謝だ。あきれ返りつつも半分買い取ってくれたそうだから。ついでに言うと、これも義勇さんからではなく須磨さんの手紙で知った。
 そんな具合でやらかし気味な義勇さんだが、問題は、義勇さんがうっかりさんな上に、大変麗しい人でもあることだ。
 人から避けられがちだった義勇さんは、今ではしょっちゅう見ず知らずの人に声をかけられるらしい。
 今の義勇さんはとにかく無防備だ。ポヤポヤしてる。逢うたび俺も感じていたけれど、いいことだと思っていた。だけど、通りすがりに一緒にカフェーにでも行かないかと肩を抱いてきた人や、いい仕事があるからやってみないかと声をかけてきた人に、ついて行こうとするのはいかがなものか。
 偶然通りがかった村田さんが義勇さんを引っ張って逃げたり、同じく不死川さんが追い払ってくれたからよかったようなものの、ついて行ったらどうなっていたことか。
 秘密クラブの勧誘だぞ、ついてく馬鹿がいるかと不死川さんが怒鳴っても、俺は陰間にはとうが立ちすぎてるだろうと、あきれ顔をしていたというから、こっちがあきれてしまう。
 そんな有り様に宇髄さんたちもほとほと困っているらしい。本人に危機感がないからどうにもならんと、みんな俺への手紙に書いてくる。
 義勇さんは、自分の顔の良さにまったく頓着していないのだ。俺みたいに平凡な奴には、おまえはかわいいだとか、きれいだなとか言ってたくせに、澄んだ水みたいにキラキラとした自分の麗しさには、てんで気づいちゃいない。世間の人から見たらきれいなのは義勇さんのほうなんですよと、何度言っても取り合ってくれないのだ。
 
「ということで、義勇さんの護衛をしにきました!」
「……守られるほど弱くはないが」
 胸を叩いて言った俺に、義勇さんはコテリと小首をかしげた。ポヤポヤしてる。春の陽だまりみたいに穏やかになった義勇さんだって、そりゃ好きだけれども、心配なのも確かだ。
「万が一があるじゃないですか」
 隊士だったころ、俺と義勇さんの関係は、衆道の念兄念弟とも言えた。惚れたはれたではない。念を押すように閨で何度も言われた。
 欲を適度に発散しなければ、誘惑に負けることもある。だから隊士同士で目合うことは珍しくない。誘いはそんな言葉だった。
 今はもう、その必要もないから、義勇さんは俺を抱きしめたりしない。
 寂しくて悲しいなんて、俺も言わないし、言っちゃいけない。
 
「なら、今日一日つきあってくれ」
 苦笑まじりそう言った義勇さんは、やっぱりキラキラと麗しかった。


 一緒に冬の浅草をそぞろ歩く。禰豆子たちにと、着物やお菓子を買い込むのには閉口したけど、たまのことだから許せと義勇さんは笑う。
「芭蕉より使い途としては上等だ」
「それ聞きましたよ。断らなきゃ駄目じゃないですか」
「筒抜けか」
「みんな義勇さんが放っておけないんですよ」
 うっかりやさんだから、とは言わないでおく。義勇さんは意外とすぐ拗ねるのだ。
 買い物したり活動写真を見たり。ミルクホールで一休み。風は冷たいが、義勇さんが笑ってくれているだけで、胸はホワホワと温かかった。
「なんと美しい!」
 突拍子もない声に振り返ったら、カイゼルひげの紳士が震えてた。散々いろんな人から教えられてきたからピンときた。これはヤバい人だ。
 案の定、義勇さんの手をガシリとつかみそうになったので、あわてて義勇さんに近づけないよう、間に割り込んだ。
「いきなりなんなんですか!」
「おぉ、これはすまない。あまりにも美しい人だったので感動してね。見たところどこかの書生のようだが……どうかな、君さえよければ私がその方に変わって、君のパトロンに」
「間に合ってます!」
「小僧さんには聞いてないのだがね。不自由な体のようだし、彼には守ってやる者が必要だと思うのだが?」
「義勇さんは守られなくても誰よりも強いし、義勇さんが自分を大切にしてくれないときには俺が守ります!」
 
「おまえ……格好いいな」
 
 大声で宣言した俺に返されたのは、義勇さんの感心したような声だった。
「そういうわけなので、失礼」
 言って俺の手を取って歩き出した義勇さんは楽しそうだ。
「格好いいって、初めて言われました……」
「そうか。だが、いつも思っていた」
 睦言めいた閨での言葉よりも、ギュッと胸が痛くなって、ドキドキとときめくのはなぜだろう。
「心根の正しさそのままのきれいな目も、お日様のような笑顔も、みんな愛おしいと思っていたし、強い心に憧れてもいた」
 立ち止まって振り向いた義勇さんの顔には、凪いだ湖面のような静かな笑み。
「なん、で……」
「今日で丸二三年間生きた。いい加減素直になってもいいだろう。俺の命数がいくら残されているかわからないが、おまえは俺が先に逝っても、ちゃんと人生を謳歌してくれると信じられたしな」
 ポロリと頬を伝った涙が、冷たい風にすぐに乾く。
「はい……ちゃんと、笑って生きます」
 きっとそのとき俺は、いっぱいいっぱい泣くのだろうけど、涙はいつかは乾く。ちゃんと笑える。義勇さんがお日様みたいだと言ってくれた笑顔で。
「残りの日々を、俺と生きてくれるか?」
「……はいっ!」
 人目なんて忘れて抱きついた。抱きしめる腕は一本きり。抱き返してくれる腕も、ひとつだけ。それでもふたり合わせれば、なんだってできるだろう。
「義勇さんはうっかりやさんだから、俺がちゃんと見てますね」
「それは、頼もしいな」
 冷たい風も、ふたり抱きあっていれば耐えられる。
 幸せそうに笑う義勇さんは、やっぱりキラキラと、麗しかった。