おいしさの秘訣は恋心でした

お題:義勇さんが浮気するフリをして炭治郎の反応を試している義炭。800字2/3分

「で、どういうことだったんです?」
 責めるつもりなんて炭治郎には毛頭ない。でも不思議だったから聞いただけのこと。
 事の起こりは他愛ない。大好物の鮭大根を、義勇が一週間断りつづけた。ただそれだけだ。
 毎日鮭大根でもかまわないと言うぐらいには、義勇は鮭大根に目がない。特に炭治郎が作る鮭大根は、姉が作ってくれていたものと味がよく似ているのだそうで、本当に幸せそうに食べる。
 なのにこの一週間、炭治郎が作った鮭大根を「昼によそで食べた」だとか「今日は気分じゃない」だとか言って、箸をつけようとしなかった。だけど。
「いらないって言うわりには、鮭大根から視線が離れないし、すごく我慢している匂いがしてましたよ?」
 重ねて言うが、炭治郎に責める気はない。ただただ不思議なだけだった。けれども義勇はいたたまれないような、だけど少し期待しているような、なんとも妙な気配をにじませてじっと炭治郎を見据えてくる。
「どう思った?」
「へ? どう、とは?」
「なにか言いたいことはないか?」
「鮭大根ばかりじゃ体に悪いし、ほかのものも食べるようになってくれて良かったなと思いました!」
 素直に答えたのに、義勇はなんとも言えぬ表情で眉を下げた。
 いったいなんなのだろう。
 炭治郎はますます首をかしげてしまうよりない。
「あ、でも残すのももったいないですし、我慢しすぎもよくないですよ? 毎食はなんですけど、三日に一度くらいならいいんじゃないですか?」
「そうじゃなく……」
 じれったいと義勇の顔に書いてある気がする。いつもの鉄仮面っぷりはどこへやら。こんなにわかりやすい義勇も珍しい。でもやっぱりなにが言いたいのかはわからない。
 いったいどういうことなのかと問い詰めれば。
 
「浮気、ですか?」
 
 鮭大根をよそで食べることが? なおさらわからなくなった炭治郎に、義勇は憮然とした顔で
「フリだろうとおまえがいるのに、ほかの者と恋仲みたいなことをするのはごめんだ」
「えっ!? あの、俺がいるからって、あの、俺と義勇さんって、恋仲だったんですか?」
 絶句する義勇には悪いが、炭治郎だって仰天したのだ。だって義勇から好きだと言われたことなんてないのだから。
「……ちゃんと言っただろう。お前の鮭大根を毎日食べたいと」
「あれって告白だったんですか!?」
 そんなのわかるわけないじゃないですかとわめきくなった炭治郎だが、それ以上にふつふつとうれしい気持ちも湧いてくる。呆気にとられもしているけれど。
「え? でもなんでそれで浮気のフリなんて話になるんですか?」
「……宇髄に、おまえが恋仲になってからもなにも変わらないと言ったら、嫉妬でもすれば少しは積極的になるんじゃないかと言われて……」
 衝撃が抜けきらないのか、ぼそぼそと言った義勇は、常の冷静さなど見る影もない消沈っぷりだ。
「すまなかった。全部忘れてくれ」
「忘れるわけないでしょ!」
 だって、うれしいのだ。
「あの、今からやり直しじゃ駄目ですか? 毎日……じゃ、やっぱり体に悪いから駄目ですけど、俺の作った鮭大根だけ、食べてくれませんか?」
 すがるように言えば、義勇はぱちりとまばたいて、わずかに視線をさまよわせた。落ち込んだ様子は消えたが、代わりに戸惑っているように見える。それでも、よく見れば耳の先はほのかに赤い。
「……俺から、言い直す」
 意を決したようにじっと炭治郎を見つめてくる瞳は、きれいな群青。
 海の青を集めたようなその瞳が、ただ好きで。そばにいられるだけで幸せだったけれど、望んでいいのなら。
 ごくりと喉を鳴らしてうなずいた炭治郎を見つめたまま、義勇は言ってくれた。
「炭治郎が、好きだ。毎日……でなくてもいいが、俺のためだけに鮭大根を作ってほしい」
「はいっ!」
 ホゥッと、互いに安堵のため息をついたら、笑いがこみ上げた。
「さっそく今日は鮭大根にしますね」
「うん」
 おかしな始まりになったけれども、終わり良ければ総て良し。
 今日の鮭大根を義勇は、きっと今までで一番うまいと笑って平らげてくれるだろう。