ファイト

 世の中には、主役になれる人と、モブにしかなれない人がいる。私は完全に後者だ。二八年も生きてりゃ、悟らざるを得ない。
 顔は人並みだし、頭がいいわけでもない。高校大学と頑張ったバレーだって、才能なんてなかった。完全なモブだ。だから今日みたいなことはいくらだってあったし、これからもきっと変わらない。

 あぁ、もう、疲れた。なにもかも嫌だ。

 着替える気力もなくて、スーツのままベッドに寝転んだ。テレビをつけたのは完全に無意識だ。家に帰ると真っ先にテレビをつける癖がついてる。ひとり暮らしするまでは、テレビなんてあんまり見なかったんだけどな。
 社内コンペのことを考え出すと泣いちゃいそうで、グッと唇を噛むと枕をつかんで壁に投げつけた。本当は怒鳴り散らしたいし、枕なんかじゃなく、後先考えずに派手に色々投げ散らかしたいとこだけど。安普請の、名称だけは辛うじてマンションなんてついてるアパートじゃ、そんなことしたらたちまちクレームが入る。こんな日に、隣のおばさんにチャイムを連打されて、ネチネチと厭味のオンパレードを聞くのはごめんだ。
 所詮は女の考えた企画だろなんて理由で、ろくに検討もしてくれないんなら、社内コンペなんかすんな、ハゲ! 女の企画もひとつぐらいは一次を通しとかなきゃ、差別だなんだとうるさいからしょうがない? ふざけんな! 
 あぁ、やっぱり泣いちゃいそうだ。泣いたら負けだと思うのに。
 一次の感触は悪くなかった。部長にも目のつけどころがいいって言われたし。発表の練習につきあってくれた同僚たちはみんな、これならいけるよと太鼓判を押してもくれた。
 なんで不合格の理由なんか聞こうとしたんだろうな、私の馬鹿。いくら納得いかなかったからって、あんなことするんじゃなかった。会議室で見た光景が胸に突き刺さる。
 ゴミ箱に放り込まれるぐらいなら、資料作りに二ヶ月もかけるんじゃなかった。女が考えたってだけで検討する価値もないなんて思われるんなら、社内コンペなんて挑戦するんじゃなかった。
 緊張してお昼もろくに食べられなかったのに、ご飯を食べる気にはなれない。シクシクと胃が痛む。ストレスなのか空腹からなのか、自分でももうよくわからなかった。シャワーをあびなきゃ。せめて化粧ぐらいは落とさなきゃ。頭には浮かぶけど、起き上がる気力もない。
 あぁ、どこかに行っちゃいたい。ここから消えたい。逃げ出すことなんて、できやしないのはわかっているけれど。

『フランス、パリ。この街で暮らしている彼に話を聞いてみた』

 静かなのが嫌ってだけでつけてるテレビから、そんな言葉が聞えてきた。パリかぁ、いいなぁ。きっと、女だからって馬鹿にする人なんていないんだ。僻みっぽく思いつつ、なんとはなしに視線を向ける。
 画面に映っていたのは、高校生ぐらいの男の子だ。日本人、かな? かわいらしい顔立ちだけど、俳優さんなんだろうか。昼休みの会話で浮かないようにするためにしかドラマも見ないから、よくわかんない。
 画面に現れたテロップは『調香師・竈門炭治郎(二八)』
 え? 私と同い年なの? どう見ても高校生だって!
 思わず起き上がった。そんな気力残ってないと思ってたんだけど。でもちょっと気になる。

『パリに住んだきっかけは?』
「日本から逃げてきました!」

 アハハと明るく笑ってるけど、いや、あの、炭治郎さん? 逃げたってのは穏やかじゃない。なにしたんだ? この人。
 なんだろ、ちょっとイラっとする。女の私だって、男社会の理不尽さに耐えて逃げずに頑張ってるのにさ。結婚はまだかってうるさい親のお小言や、隣の厭味なおばさんの重箱の隅を楊枝でほじくるようなネチネチ攻撃からも逃げ出さないで、日々頑張ってるってのに、逃げたってなに? 男のくせに、ズルくない?

「味方は多かったんですけどね。でも、戦うの疲れちゃって。そしたらみんなが逃げちゃえって背中を押してくれたんです」
『炭治郎さんが日本から逃げ出した理由は、すぐにわかった』

 ナレーションとともに現れた人に、思わず息が止まった。え、え? なにこの人! すっごいイケメン!
 癖っ毛なのかな。跳ね気味な黒髪の、たぶん日本人。炭治郎さんよりも年上そう。いやもう、とにかく美形。なにあのなっがいまつ毛。ふっさふさだよ! つけまつ毛もアイラインも必要ない天然ものだよ!
 画面には映らないインタビュアーにだろう、軽く会釈するその男の人のあまりの美形っぷりに、気がつけばベッドから降りてテレビの前に正座してた。

「冨岡義勇さん。俺のパートナーです!」

 パートナー? この人も調香師さんなのかな? 仕事仲間?

「こっちにきてすぐに結婚しました」

 言って、炭治郎さんと義勇さんは顔を見あわせると、笑って手を繋いだ。
 あぁ、そっか。パートナーって夫婦か。
 ……夫婦。夫婦!?
「マジで!?」
 おっといけない。思わず叫んじゃった。あわてて口を手で押さえたけど、隣のおばさん聞き耳立ててないよね?

『義勇さんはスポーツジムのインストラクターをされている。職業も年代も違うふたりの出逢いはどんなものだったのだろう』

 うん、気になる気になる。いったいなにしたらこんな美形と知り合えるのよ! 絶対知りたい!

「俺の実家はパン屋なんですけど、そこの常連さんだったんですよね」
「竈門ベーカリーのパンはなんでもうまいから」
「始めて来たのって中学生のときでしたっけ?」
「おまえはまだヨチヨチ歩きだったな」

 幼馴染かぁ。くそぅ、私の幼馴染みにはこんな美形いやしないよっ。

「中高一貫の学校に進んでからは、六年間、教師と生徒です」

 先生? え、義勇さんって学校の先生だったの? こんなイケメン教師が存在していいの!? 生徒勉強にならないじゃん! 私だったら黒板じゃなくて先生の顔ばっかり見るわ!

『教師と生徒でいるうちは恋心を隠して過ごしてきたと、炭治郎さんは笑っていた。炭治郎さんが学校を卒業して、お互いの気持ちを確かめあったふたりは、ようやく恋人になったのだと言う。今は幸せそうなふたりだが、同性との恋は、当時は大変だったのではないだろうか』

 あぁ、そっか。結婚してるんだっけ。そりゃ大変だよなぁ。先生と生徒ってだけでも、卒業したっていろいろ言われそうだし、おまけに男同士だもんね。苦労したのかなぁ。

「家族や昔からの友人は理解してくれたんです。祝福してくれました。でも、学校のほうが……」
「学校関係者はみな、理解のある人ばかりでしたが、保護者はそうもいかなかったもので」
『関係を隠さなかった義勇さんへの保護者からのバッシングは、相当なものだったようだ。誠実さが裏目に出た形だ』

「なにそれっ、むかつくぅ!」
 誰が誰と恋しようと関係ないじゃん。そりゃさ、こんなかわいい人と超絶イケメンがつきあっちゃうとか、人類にとってとんでもない損失だよと思わなくもないけどねっ。その遺伝子よこせよ、この人たちの子どもなら絶対にきれいじゃん、かわいいじゃん。生まれながらに勝ち組だよ!
 でも、反対するのは違うじゃん。少なくとも無関係な他人が口出すことじゃない。

「最初は一緒に戦おうって、頑張ったんですよ。きちんと話せばわかってくれる。そう思ってたんですけど……」

『世間の目は、そう簡単には覆らなかった。同性婚への理解は日本でも進んでいるが、あくまでもテレビやネットのなかでの出来事としてとらえている人は多い。自分の身近な存在、ましてや我が子を預ける教師が同性愛者であるという事実を認められない保護者は、ふたりや関係者が思う以上に多かったという』

 ナレーションの言葉が、ツキンと胸を刺した。
 ……そう、だよね。私だってたぶん、他人事だからこんなふうに怒れるんだろう。テレビの向こうの出来事だから、無責任に言えるんだ。
 だって、もしもお父さんが実は男の人のほうが好きなんだと言ってきたら……うわぁ、無理無理! やめてよ、信じらんないって怒鳴っちゃいそうだ。弟の担任がゲイって聞いても、きっと怒る。そんな人に先生なんてやらせんなって、言っちゃうかもしれない。
 差別なんてしない、偏見なんてないって思ってても、実際にその場面になったら、そんな言葉は頭から吹っ飛びそうな気がする。

「炭治郎のほうも、大学で色々あったんです。高校までと違って閉鎖されたクラス内の交流ではないぶん、問題視されるようないじめまでは発展しませんでしたが」
「んー、すれ違いざまにホモとかオカマとか言われるのは、そこまでつらくはなかったんです。悲しいのは確かなんだけど、やり過ごせるものでもあったんで。正直なところ、一緒に戦おうとか当然の権利を勝ち取るために活動しようって言ってくる人のほうが、だんだんつらくなってきてました」
「世間の人すべてに理解してくれと思ってるわけじゃなかったんです。認めてほしいと戦うのは大事なことでしょうが、私たちにとっては疲弊するばかりでした」
「なんか、お互いギスギスしてきてましたよね。あ、そのころはもう同棲してたんですけど、教師と学生じゃ時間もあわなくって、すれ違いも多くなったし喧嘩ばかりになっちゃって……あのころが一番つらかったなぁ」

 好きの反対は無関心だとよく聞く。そのとおりだと思うことも多いけど、無関心でいてくれるほうが救われることもあるんだな。
 すれ違いざまの罵倒なら、こんなこと言われたムカつくって、ひとしきり愚痴ってわめいて、そういう人もいるよねってやり過ごせもしたんだろう。時間が解決することだってある。だけど、あなたたちのためだって、戦うことを当然みたいに要求してくる人たちには、どう答えていいのかわからない。

 気がつけば、夢中でテレビ画面に見入ってた。画面の向こうの炭治郎さんと義勇さんはキラキラしてる。主役な人たちだ。私みたいな所詮はモブの人生とは違う。
 でも、同じなんだ。女だからって男なんかに負けちゃ駄目よって、発破をかけてくれた先輩や同僚の顔が浮かぶ。社内コンペや男女同権なんか我関せずで、言いつけられた仕事をこなすだけの人たちよりも、よっぽど私のことを買ってくれてる人ばかりだ。
 だけど、本当はすごくプレッシャーだった。期待に応えられない自分が、どうしようもない存在に思えて、つらかった。
 同じだ。炭治郎さんたちもきっと、私と同じだったんだ。

「理解されたいんじゃなくて、俺たちは幸せになりたいだけだったんです」
「社会に認められるよりも、私たちにとってはお互いが幸せに過ごせることのほうが、優先順位は高かった。それがもっとも大事なことでした」
『パリに来たのは、同性結婚が認められているからですか?』
「はい。疲れきってた俺たちに、家族や友人が逃げろって言ってくれて」
「おまえらが表立って戦う必要はない。戦いたい奴が戦えばいい。自分が不幸せになるための戦いなんて意味がないだろう、と。無責任に思われるでしょうが、後続の人たちの権利のために世論と戦って、自分たちが傷つく別れを迎えるのは違うだろうと言われました」
「幸せになってほしいんだよって、妹たちに泣かれちゃいました。日本にいた最後のほうは、俺、よっぽど悲愴な顔してたみたいで。お兄ちゃんの笑顔、ずっと見てないよって泣くんですよ。あれは効きましたね」
『それで日本から逃げたんですね』

 はいと笑うふたりは幸せそうだ。なんどもお互いの顔を見て話す。笑いあう。男同士なんて関係なく、誰が見ても幸せなカップルだ。
 だけど、日本じゃ……この国じゃ、笑えなくなってたんだな。

「こっちに来たからって、誰も彼もが認めてくれるわけじゃないですけどね」
「保守的な人はどこにでもいますから。自分と違う価値観を認められないのは、どこに行ったって同じことです」

 湧き上がって吹き出しそうだった、だから日本は駄目なんだよって言葉が、炭治郎さんたちの言葉で、シュルンと引っこんだ。
 そりゃそうか。外国人だって人間だもんね。日本人だけが駄目なわけじゃないか。
 だから戦う人がいるんだ。そんな人たちが戦って勝ち取った権利を、はなから持ってるものと勘違いしちゃいがちだけど。昔戦ってくれた人がいるから、男の人の上に立つ女の人だっている。
 私がそれになれるかは別にして。

『もう戦わなくてもよくなりましたか』
「世論とって意味なら、はい。でも今も戦ってますよ。戦い方は違うけど」
『違う戦い方とはなんだろう。異国で法律的にも認められるパートナーとなったふたりは、なにと戦っているのだろうか』

 ちょっぴりいたずらっぽく笑いあったふたりと、そんなナレーションで、画面がCMに切り替わった。
「なんか……すごい世界だ」
 はぁっとため息がこぼれた。なんかもう、脱力。つらくって、苦しくって、ガッチガチに縮こまってた体から、一気に余計な力みが消えた感じ。
「喉、乾いたな」
 今のうちにコーヒー淹れよう。あー、録画しとけばよかったな。見逃し配信やるかなぁ。
 思いながらあわただしくコーヒーを淹れて、トイレにも行っておく。着替えは……後でいいや。クレンジングも。顔洗ってる間にCM終わっちゃったら嫌だし。
 体が自然に動きだす。なんかフワフワしてるけど。
 
 コーヒーに砂糖とクリームを入れる。ちょっと多めに。普段は太るからって我慢してるけど、今日はいいや。甘さが欲しい。
 CMが終わった。食い入るように見つめた画面に、また炭治郎さんと義勇さんが映し出される。

「月彦、おいで」
 背後を向いた炭治郎さんが明るく呼びかけると、ひょこりとドアから子どもが顔を出した。

 なにあの子! めっちゃくちゃかわいい!!

 小学生くらいかな。なんか不機嫌そうな顔してるけど、あんなきれいな子見たことないよっ。男の子……だよね? 月彦って呼んでたし。日本人なのかな。何者?

「息子の月彦です」

 は? え? 息子?

「えぇーっ!?」
 おっと、また叫んじゃったぜ。チャイム連打に邪魔されちゃたまらん。
 渋々そうに近づいてきた月彦くんが、義勇さんにギュッと抱きつく。膝に乗せてやる義勇さんの顔がとろけちゃってるよ。親馬鹿さんなのかな。気持ちはわかる。うん。あんなかわいい子に懐かれたら、そりゃとろけるわ。
「お父さんっ子なんですよねぇ」
「炭治郎のことだってちゃんと好きだろう?」
 ん? と微笑みかけられて――その微笑みは反則です、義勇さん。悶絶するわっ――月彦くんがちらりと炭治郎さんを見た。
「……キライ、違う。でもパパ、うるさい」
 おっとぉ。手厳しいな、月彦くん。ひどいって言いながらも炭治郎さんは笑顔だ。ていうか、片言だけど、月彦くんって日本語はあまりうまくないのかな。何歳なんだろ。ふたりには似てないけど、美形遺伝子すごいな。美しすぎでしょ、このご家族。くそぅ、その遺伝子よこせ。嘘。このなかに混ざる勇気ない。
「でも俺は月彦が大好きだぞぉ」
 無理やりほっぺにチュッなんてして、嫌々ってされてるのは、なんか微笑ましい。義勇さんは苦笑してる。

『月彦くんはおふたりのことをどう呼んでいるんですか?』
「俺のことはパパですね」
「私は」
「オトサン」
 義勇さんの言葉をさえぎって月彦くんが言う。なんとなく誇らしげな声で。
『義勇さんだけ日本語?』
「パパとオトサンの国だから」

『月彦くんはふたりの養子だ。フランスでは同性カップルの子どもも身近になりつつある。月彦くんの実の両親はフランスに移住してきた日本人だそうだ。生まれつき虚弱体質な月彦くんが身寄りを亡くしたのは、彼が乳幼児のころだったという』

 あ、そっか。ナチュラルに炭治郎さんたちの子どもだと思い込んでたけど、炭治郎さんが生めるわけなかった。男の人だもんね。養子か。遺伝子関係なかった。

『法的に同性同士の結婚が認められたフランスでも、宗教的、倫理的な観点から同性婚への反感がないわけではないことは、先ほども聞いた。同性カップルが子どもを持つことへの嫌悪も当然ある。ふたりが養子を迎える決意をしたのはなぜなのだろう』

 あぁ、それ気になるな。夫婦になったら子供がいるのが当たり前。女は子供を産んで当然。そんな前時代的な認識を押しつけてくる人は多いけど、ふたりは男同士だ。子供がいないのが当然だろう。男女でだって子育てなんて大変そうなのに、よく決心できたなぁ。

「うーん、特に子供が欲しいと思ったことはなかったんですけどね。縁としか言いようがないかな。養子を迎えてみないかって言われたときには、そこまで乗り気じゃなかったんですよ。でも、養護施設にいる子供たちが通う学校で月彦に逢ったときに、この子と暮らしたいなって思ったんです。ご縁があったってことじゃないかな」
「炭治郎の言うとおりです。夫婦には子供がいて当たり前という価値観に従ったわけじゃないので、これはもう、縁としか言えません。この子のことが私たちは好きになったし、この子も私たちを選んでくれた。ただそれだけです」

『虚弱体質な月彦くんだが、スキップして現在は中学校に通っている。だが、そんな高い知能を持ちながらも、毎日学校に通うことすらが難しいそうだ。たびたび寝込み、入院することもあるという。そんな彼を育てるのは、並々ならぬ苦労があるのではないだろうか。後悔したことはないのか』

「苦労は当然じゃないですか? 男同士だろうと、健康な子だろうと、なにも変わらないですよ。後悔はないですね。幸せですから」
 笑って炭治郎さんは、また月彦くんのほっぺにキスした。すぐに押しやられてたけど。
「苦労は月彦を迎える前にもいろいろありました。それは日本にいるころと大差はありません。人種的な差別意識を持つ人もいますし、同性愛を嫌悪する人だっている。月彦を迎えたあとも、それなりに苦労はありますが、それ以上に喜びがあるので後悔はありません」
 だよね! 無神経なナレーションにちょっとイラッとしたけど、ふたりの笑顔で吹っ飛んだわ。
 でもってちょっぴり反省。男同士なら子供がいなくて当然っていうのも、価値観の押し付けだもんね。無意識に自分の価値観で物事を考えちゃうのはしかたないかもしれないけど、他人のそれに傷つけられてもきたのに、ダブスタもいいとこだ。
 誰が見ているわけでもないけど、なんとなく恥ずかしくなって、誤魔化すようにコーヒーに口をつける。甘い。少しホッとする。

『月彦くんは、どうしてパパとお父さんと暮らそうと思ったの?』

「……オトサンの目が、空みたいだった」
『病室にいることが多かった月彦くんにとって、青空は憧れだったのだろう。義勇さんの瞳の色に憧れの空を見たのかもしれない』

 ……おい、ナレーション、泣かせんな。なんか一気に切なくなっちゃったじゃない。

「俺は俺は?」
「……パパ、うるさい」
 ツンとそっぽを向く月彦くんに、炭治郎さんがまたひどいと叫んで、泣きまねしだした。この子本当にお父さんっ子だな。炭治郎さん、かわいそ。
「お日様ないと、空、青くない。あったかくならない。だから、キライ、ない。パパのご飯、おいしいから、パパいてもいい」
 フランス生まれフランス育ちの月彦くんの、片言の日本語は、どこかぶっきらぼうだ。白いほっぺたがちょっぴり赤い。素直じゃないな、この子。
「炭治郎はお日様だもんな」
 義勇さんの言葉にこくりと小さくうなずく月彦くんは、素直じゃないけど、炭治郎さんのことも大好きなんだろう。だって炭治郎さんのキスを本気で嫌がってるようには見えない。

『最後にふたりに聞いてみた』

 えっ!? もう終り!? やだ、もっとこの家族を見てたいよぅっ。

『今おふたりはなにと戦っているんですか?』

 ふたりは顔を見あわせて、そろって晴れやかに笑った。

「人生と!」
「幸せでいることが、私たちの戦いです」

 アレ……? なんでだろう。画面がぼやける。
 ポタンと、小さな雫がテーブルに落ちた。泣いてるのか、私。
 おかしいな。ふたりの笑顔は幸せそのもので、悲しいことなんてなんにもないのに、涙が出る。

 食卓を囲む三人のショットで番組が終わる。月彦くんも笑ってた。炭治郎さんも、義勇さんも、幸せそうだった。温かい家族の肖像。愛しかない姿だった。
 なんだろう。胸が苦しい。でもあったかい。ほんの三十分前まで、世界で一番つらいのは私だってぐらいに落ち込んでたのにな。
 着替えて化粧を落とそう。ご飯をちゃんと食べて、生活しなきゃ。思いながら、空になったマグカップを手に立ちあがった。もう少しぼんやりと余韻に浸っていたい気もするけれど。
 戦わなきゃ。理不尽な男社会とじゃなくて、無責任な期待とでもなくて、私の人生と戦うんだ。幸せであるように。苦しいばかりなら逃げたっていい。それも戦略だ。不幸になるために生きたい人なんていない。私の人生を幸せにできるのは、私しかいないんだから。
 だからちゃんとしよう。ちゃんと生きよう。

 色々済ませてから、SNSアプリを開いてみた。案の定、トレンドに彼らが上がってる。求めてたタグを開いてみる。呟きに書かれたURLを迷わずタップした。
 ウェブで署名を集められるサイトだ。日本でも同性婚を認めることに同意する署名を募っているそこに、自分の名前を打ち込んだ。
 私ごときモブの名前が手助けになるかなんてわかんない。でも、なにかせずにはいられなかった。
 もし法改正されても、あの家族が日本に帰ってくるかなんて知らない。それを知る術もないだろう。
 それでもいいや。本当は、手助けなんて大それた気持ちでもない。ただそうしたいからする。それだけでいいんだ。
 期待されてるからとか、当然の権利を勝ち取るとかじゃなくて、自分がやりたいと思ったから、企画を考えた。挑戦しようと決めたのは自分だった。これからもそうする。認められても、認められなくても。
 私が幸せでいられるように、今日も、明日も、戦うんだ。遠い異国の地で笑顔で戦うあの人たちみたいに。
 誰かにとってはただのモブだろうと、私の人生の主役は、私なんだから。

 だから今日はおやすみなさい。しっかり食べたし、しっかり眠ろう。英気を養ったら、さぁ、明日も頑張ろう。