チョコ貰えそう？ なんて話題が聞こえはじめる二月の初め。しかし錆兎と炭治郎にとっては、それ以上に気合いを入れなければならない日が先にくる。義勇の誕生日だ。
ふたりにとっては一年で最も大切な日である。なにしろ愛しい愛しい恋人の誕生日なのだ。この世に義勇が生まれてきてくれた日。世界中に向かってありがとうと叫びたくなる日だ。
もちろん、三人で同棲を開始してから初めて迎えるのは、バレンタインだって同様だ。けれどもバレンタインに、甘い思い出など三人にはない。
三人とも女子人気は高いから、バレンタインに貰うチョコはかなりの量になる。
意外と甘いもの好きな義勇にとっても、この量はつらいと思うぐらいだから、マイ七味を持ち歩くほどの辛党の錆兎には苦行ですらあった。炭治郎だって甘いものは嫌いじゃないが、限度ってものがある。
本当に恋しい人へは渡せず貰えず、三人そろって紙袋を両手に、近所の保育園へとチョコを寄付するのが毎年のバレンタインだった。一番喜んでくれたのは、園児よりも大きな保育士さんだったけれども。泣きながら礼を言われるのは、毎度のことながらちょっぴりいたたまれなかったものだ。
そんなバレンタインより、先んじて訪れる義勇の誕生日のほうが、錆兎と炭治郎にとって優先度が高いのは当然だろう。
今年は平日ということもあって、外食などはせずに三人水入らずで過ごす。ご馳走を作る気満々だった炭治郎だが、当の義勇から、炭治郎が台所にこもるのはつまらないと言われてしまえば、義勇さんといます！ と答えるのは当たり前だ。だからメニューは鍋。ちょっと張り込んで料亭のスッポン鍋のセットを取り寄せた。
三人とも食べたことがないからというだけで、深い意味はない。そりゃ期待はしてしまうけれども。
ともあれ、まったりと祝う義勇の誕生日は、至極和やかに過ぎていく。プレゼントの予算は上限五千円。これはクリスマスだろうと錆兎や炭治郎の誕生日だろうと同様である。
炭治郎からのプレゼントは、スリムでシャープな印象のシルバーのペンケース。錆兎からはシンプルなデザインのボールペンで、シルバーのボディにゴールドで義勇の名前が入れてあった。
「ありがとう、大事に使う」
うれしそうに笑った義勇が、そっとペンケースにボールペンをしまいこんだ。その手付きはいかにも大切な宝物を扱うようで、錆兎と炭治郎は少し面映ゆく目を見交わせた。
「義勇さん二十歳になったし、ワイングラスやお猪口とかも考えたんですけど、持ち歩いてもらえるもののほうがいいかなって」
「かといってアクセサリーは好きじゃないだろ？」
「うん、うれしい。酒は錆兎の誕生日までお預けにしとく。一緒に飲もう。炭治郎だけジュースなのは申しわけないが」
少し気遣わしげに言う義勇に、炭治郎がカラリと笑った。
「気にしないでください。俺が二十歳になったときは、一緒に乾杯してくださいね」
もちろんと笑い、炭治郎の頭を撫でる義勇の瞳はやさしい。
スープもポン酢も料亭特製なだけあって、鍋もうまいし、義勇は笑っている。なんとも幸せで穏やかな誕生日だ。
「男三人でスッポンってのもアレだけど、うまいな。四、五人前にして正解だった」
「コラーゲンが多くって、美肌効果があるんだっけ？ 確かに皮とかプルップル！ 真菰姉ちゃんや禰豆子が喜びそうだなぁ。お裾分けしたほうがよかったですかね？」
「そういえば、バレンタインはどうするんだ？ ホワイトデーもあるから、プレゼントはなしでチョコだけか？」
唐突な義勇の言葉に、ポロリと錆兎と炭治郎の箸からスッポンが落ちた。
パシャンとはねたポン酢に、染みになるぞと布巾を差し出す義勇は、なにか変なことを言っただろうかと言わんばかりにキョトンとしている。
「え？ バレンタイン、ですか？」
「いつも通り悲鳴嶼さんとこに持ってけばいいんじゃないのか？」
ふたりが言うと、キョトンとしたまま義勇はパチリとまばたいて、そしてホワッと頬を染めた。
「……そうか。錆兎と炭治郎と付き合ってるから、今年からは姉さんや真菰と禰豆子からのチョコ以外、受け取るつもりはなかったんだが……悲鳴嶼さんや子どもたちは待ってるかもしれないな」
考えなしだったと恥ずかしそうに言う義勇に、あわてたのはふたりのほうだ。
「俺も断ります！ だって義勇さんっていう恋人がいるんですから！」
「俺も断る。義勇がいるのにほかの奴からチョコを貰うわけにはいかないからな」
「でも、子どもたちが残念がるだろう？」
どうしようと、三人で視線を見交わせあう。たかがチョコ。告白さえ断ればいいようなものではある。いつもとなにも変わらない。けれど、今は恋人がいるのだ。錆兎と炭治郎には義勇が。義勇には錆兎と炭治郎が。恋心と誠意の問題である。
「あ、そうだ！ 俺ら三人で作って、三人で渡しあうのは？ 残りを保育園にあげればいいんじゃないかな」
「あぁ、それなら真菰たちにもお裾分けできるな。ホワイトデーにはクッキーでも作るか」
「名案だが……すまん、俺は戦力になりそうにないんだが」
パッと顔を輝かせて言った炭治郎に、瞳を明るくした義勇とは裏腹に錆兎は、ヒクリと頬をひきつらせた。
「じゃあブラウニーにしよう。粉をふるったり洗い物したりは錆兎がやってくれよ」
「俺の自信はない。でも三人一緒がいいんだ。駄目か？」
上目遣い、少しいたずらっぽく笑う義勇に言われたら、錆兎に断るなんて選択肢はない。
「わかった。それじゃバレンタインはチョコ作りだな」
「決まり！」
笑って両手を差し伸べてくる炭治郎に、義勇と錆兎も笑ってハイタッチ。今年のバレンタインは、誕生日同様、恋人として三人で過ごすバレンタインだ。幸せな一日になるだろう。
「スッポンの効能は、美肌効果のほかにも精力増進……だったか」
締めの雑炊も平らげて、小さめのバースデーケーキは、錆兎でもおいしく食べられるようチーズケーキ。全部胃におさめて、ホッと満足の吐息とともに義勇がこぼしたささやきは、錆兎がゴクリと喉を鳴らし、炭治郎が顔を真っ赤に染めるほどに、艶っぽさをたたえていた。
「……誕生日だし、三人で寝ようか」
艶やか。そんな言葉が似合う笑みで言った義勇に、ふたりが勢い込んでうなずいたのは当然だろう。
お酒はお預けの誕生日の夜。アルコールよりも幸せと快楽に三人そろって酔いしれる。
時刻はそろそろ午後十時。恋人たちにとっては宵の口と変わらない。甘い甘い幸せに酔う夜は、まだ長い。
もちろん、アルコールと違って二日酔い知らずだ。