幸せを願う夜だから

※『800文字で恋をする』で書いた話のロングバージョンですが、お題の台詞が消えたのである意味別物になりました。義炭要素は極薄ですので、義炭というより、実弥のお話です💦
※義勇さんの家族を捏造しています。うちの原作軸義勇さんのご両親は、豊多摩刑務所の勤務医と看護婦という設定です。

 鬼が出るとの噂を聞いて、自主的に行った管轄外の警邏帰り。ふらりと入った食堂で、蕎麦を頼んだらオマケにコロッケがついてきた。
 クリスマスだからという親父の言葉に、思わず苦笑してしまう。洋食とはいえ、コロッケはクリスマスとなんの関係もないんじゃねぇのかァなどと、いらぬことを言うのは無粋がすぎる。ありがとうよとちょうだいすれば、親父はクリスマスおめでとさんと笑った。
 
 ガラス窓の向こうには、つい先ごろ開業した東京駅が見える。どれだけの電灯が使われているんだか、日は沈んだというのに駅の辺りは馬鹿に明るい。
 堂々たるレンガ造りの駅舎を出入りするのは、汽車を利用する者だけではないようだ。駅舎自体を見物しにきたらしい者も、この時間になっても多く集まっている。クリスマスであるのも人足に拍車をかけているのかもしれない。
 戦争景気とは言うものの物価は高騰し、青息吐息で暮らしている者も少なくないというのに、太平楽な奴らばかりだ。実弥はコロッケにかじりつきながらわずかに思う。
 信じてもいない神様とやらを祝ったり、どんなに立派だろうとたかが駅なぞを見物に寒いなかやってくるのだから、呑気なものだ。鬼狩りに日々命懸けで駆けずり回っている自分らと、窓の外に見える光景は、てんで別の世界に思えてくる。

 昔ならこんな日は、玄弥たちに贈り物のひとつもしてやれない自分の不甲斐なさに、八つ当たりまじり舌打ちぐらいしていただろう。けれども不思議と今日は苛立ちはしなかった。
 昔ながらのどこにでもありそうな食堂だが、駅舎近い立地もあってか繁盛しているんだろう。店内はそれなりに混んでいる。勤め人や、旅行にでも出かけるらしい人々のなかで、傷だらけの実弥はずいぶんと異質だ。
 露骨に不快そうな視線を向ける客もいるなかで、なんのてらいもなく笑いかけてくる親父は、かなり人がいいとみえる。頼んだ蕎麦やおまけのコロッケもなかなかうまい。この辺りにくるときには、贔屓にしようか。
 鬼の噂は与太話に過ぎなかったが、わざわざやってきた甲斐はあった。
「うまかったぜ、ありがとなァ」
 店主にかけた声は、ガラにもなく少しばかり弾んでいたかもしれない。
 クリスマスなぞに浮かれる気は毛頭ないが、殺伐とした日々にもこんな些細な平穏があったって、罰は当たらないだろう。
 めずらしく穏やかな心持ちで店を出た実弥の顔は、だが、すぐにしかめられた。
 人波に紛れて見えたのは、くそ生意気な鬼連れ隊士の姿だ。なんでまたこんなところにと、実弥の眉間にギュッとしわが寄った。
 どうやら駅舎から出てきたらしい。お上りさんよろしく、キョロキョロと周りを見まわしているのは、たしかに竈門炭治郎である。
 柱稽古はどうしたサボってんじゃねェと、怒鳴りつけそうになったのを、実弥はどうにかこらえた。ムカつく顔を見て気分は一気に下降している。関わりあってこれ以上不快な思いをする必要はない。

 見つかる前に退散するにかぎると踵を返しかけて、ふと違和感に気がついた。もう一度炭治郎を見やる。しっくりこない理由は、すぐに知れた。高慢ちきな同僚の姿がない。
 柱は多忙だ。いなくて当然だが、実弥が顔をあわせたときだけでなく、話に聞く炭治郎と冨岡はお神酒徳利よろしく始終一緒にいるようだ。頭のなかではすっかりふたりで一揃いである。
 なのにどうして炭治郎は、ひとりで東京駅なぞにいるのだろう。
 任務にしては、垣間見える炭治郎の姿は周囲の人々と変わらずいかにも呑気で、威容を誇る駅舎に感心しているように見えた。
 いずれにしても、傍らにあって当然と思っている顔が見えないと、なんだか落ち着かない。
 ついジロジロと見ていたら、炭治郎と目があった。しまったと顔をしかめたのと同時に、大きく朗らかな声がひびきわたった。

「不死川さん!」

 声の大きさのせいで、周囲の視線が炭治郎や実弥に集まる。不躾な視線に、実弥の機嫌はさらに下降の一途をたどった。
 能天気な笑顔を浮かべて駆け寄ってくる炭治郎を、八つ当たりまじりに睨みつける。
「接近禁止だろうがァ」
「はい! これ以上は近づきません!」
 一間(約二メートル)ほどあけて立ち止まり、大声で言う炭治郎に、そういうこっちゃねぇと思わず舌打ちした。
 素直に立ち去ればいいものを、炭治郎はすっかり実弥と会話する態勢である。ついでにそこまで大きな声を出さずとも聞こえるのに、なぜこのガキはこんな人混みで大音量で話すのか。
 冨岡といい、こいつといい、本当に人を苛つかせる兄弟弟子だ。実弥は苦々しく鼻にしわを寄せた。
 近づかないと言うならなによりではないか。自分もさっさと立ち去ればいい。柱である自分の足に炭治郎が追いつけるとは思えない。だが、実弥はその場にとどまった。
「アレはどうしたァ」
 冨岡のことなんかどうでもいい。考えるのも嫌だ。けれども、当たり前だと思っているものが違う状態でいるのは、据わりが悪くてどうにも気にかかった。
「アレ?」
「いつも一緒だろうがァ」
 名前を出すのも癪で言葉を濁したが、炭治郎は即座に察したようだ。パッと眉が開き、声も先より明るさを増した。
「あ、義勇さんですね! 今日は伊黒さんと柱稽古です。いつもなら一緒に行って見取り稽古させてもらうんですけど、あいにく俺は、甘露寺さんにクリスマスのご馳走を作る手伝いを頼まれてたもんですから。それで朝から別行動だったんです。クリスマスってのは西洋の神様のお祝いなんですけど、不死川さん知ってました?」
 クリスマスを知らないほうが驚きだ。銀座辺りじゃキラキラとクリスマスの飾りがあふれているし、浅草の芝居小屋もクリスマスの題目ばかり、ダンスホールも盛況だと聞く。実弥には縁のない行事ではあるが、今どきクリスマス自体を知らない奴など見たことがない。
 どんだけ田舎者だよと、フンと鼻を鳴らして知ってるに決まってんだろうがァと、いくぶん厭味を込めて言ってやる。炭治郎にはまったく伝わらなかったようだけれども。
「不死川さんも知ってましたか。俺は山育ちなもんですから、そういうハイカラな行事には縁がなくて。甘露寺さんから頼まれたときも、義勇さんに説明してもらうまでクリスマスもサンタクロースも知りませんでした。あ、今はお遣いの帰りでして、横浜まで行ってきたんです。不二家のクリスマスケーキってやつ、知ってますか? 甘露寺さんが注文してたのを受けとってきたんですけど、やっぱり汽車は早いですねぇ! 横浜まで一時間とかかりませんでした。クリスマスケーキもすごいんですよ? 砂糖の衣が雪みたいにたっぷり塗られてて、白くてきれいな菓子なんです! えっと、あらびん? なんか違うな……あ、そうだっ、アラザンだ! えぇと、アラザンっていう銀色のピカピカしてるやつも振ってあって、あんなきれいな菓子もあるんですねぇ。食べられるんですかってお店に人に聞いて、笑われちゃいました。そうだ! 不死川さん、甘いの好きですよね。義勇さんたちも後からくるし、一緒に行きましょうよ!」

 なんなんだ、こいつは。

 息をつかせぬほどにしゃべりまくる炭治郎に、腹立ちはいや増すばかりだけれど、口をはさむ隙もない。誘い文句には憤慨すらした。
 昨日笑いあった仲間が今日には死んでいるのが鬼狩りだ。クリスマスケーキがどうした。悠長にクリスマスなんぞにうつつを抜かす暇がどこにある。
 ふざけんなとの怒鳴り声を飲みこんだのは
「お館様にも、過酷な生活だからこそ、晴れの日を寿ぐ余裕も必要だよって言ってもらえたそうで。甘露寺さんがすごく張り切ってるんです」
 と、言われたからだ。
 炭治郎には機先を制したつもりなどないだろうが、お館様のお墨付きをもらっているとなれば、実弥に反対する理由はない。鬼が絡めばお館様にであっても反論もするが、隊士たちを思っての言に口をはさむわけにもいかないではないか。
 だが、自分がそれに乗る必要はないはずだ。浮かれたいのなら勝手に浮かれりゃいいと、
「ハイカラなもんは食いたかねェ」
 言い捨て歩きだそうとしたのだが、フンフンと鼻をうごめかせた炭治郎に、小首をかしげて「でもコロッケの匂いしますよ」などと言われてしまえば、言い訳もできない。
 オマケなんぞ貰うんじゃなかったと、また舌打ち。まったくもって調子が狂う。
「義勇さんも喜びますから、ぜひ!」
「んなわけあるかァ」
 ともあれ自分は御免こうむると歩きだしても、炭治郎は引く気を見せない。

「義勇さんは不死川さんとも仲良くしたいんです。やさしくて情の深い人だから。このあいだも俺がクリスマスを知らないって言ったら、サンタクロースの絵本を買ってきて読んでくれました。サンタクロースのお爺さんは、ドイツでは『ばいなはつまん』って言うんですって。ドイツ語ならちょっとだけ知ってるって言って、ほかにも『だんけせん』とか、えーと、『ぐーてんもるげん』とか、少しだけドイツ語も教えてくれたんです! お父さんがお医者さんだったから、ドイツ語は少し馴染みがあるんだって言ってました。俺は世慣れてないし学もないけど、義勇さんは俺の知らないこともいっぱい知ってるんです」

 なるほど、ガキのころから苦労知らずのお坊ちゃんってわけか。

 脳裏に浮かんだ気位の高そうな厭味ったらしいすまし顔に、なにからなにまでいけ好かない奴だと、胸中で吐き捨てる。
 クリスマスにはもみの木を飾りたて、並ぶご馳走を当然の顔して平らげていたんだろう。母の泣き声やくそ親父の怒鳴り声を聞いて過ごしたことなど、一日たりとないに違いない。
 就也やことたちは、キラキラしたもみの木も、サンタクロースとやらの贈り物もご馳走も、なにひとつ知らぬままに命を落とした。クリスマスケーキなぞ、見たこともないままに。この違いはなんなのだ。
 育ちの差をうんぬんしたところで、僻みややっかみでしかない。実弥もわかっているが、腹が立つのは止めようがなかった。

「お父さんとお母さんの思い出が少ないから、お父さんに教えてもらったドイツ語は忘れたくなかったんだって言ってました。俺は家族の思い出がいっぱいあるけど、義勇さんは、お父さんたちが亡くなったのが小さいころだったから、覚えてることはあんまりないそうです……。刑務所内でペスト患者が出たそうで、あ、義勇さんのお父さんは刑務所の勤務医? だったって聞きました。看護婦さんだったお母さんと一緒に、家にも帰らずに治療にあたって、自分たちもペストで亡くなったって……義勇さん、まだ小さかったのに、お父さんたち無念だっただろうなって思います。義勇さんは、それからずっとお姉さんとふたりきりで暮らしてたって言ってました」

 知るかよ。そんなこと。お坊ちゃんにもひとかどの苦労があったらしいが、だからって同情してやる義理もない。

「婚礼の前日にお姉さんが鬼に殺されるまでは、ささやかだけどふたりでクリスマスを祝ってたって、義勇さん、懐かしそうだったなぁ」

 みんな同じだ。生まれ育ちは違おうとも、大切な誰かを鬼に殺された。あいつだけじゃないし、俺だけでもない。みんな、同じ。

「義勇さんって、きれいで格好良くて強いのに、かわいいんです。ばいなはつまんのお爺さんがきてくれても、お供のロバに噛まれちゃうかもしれないとか、悪い子だったって思われて鞭でぶたれるかもって、ちょっと怖かったとか言うんですよ? かわいい人ですよね。クリスマスはお姉さんに一緒に眠ってもらってたって言ってました。あんな強い人に、小さいころは弱虫だったなんて言われても、信じられないですよねっ」

 炭治郎のおしゃべりはやまない。接近禁止を守るつもりはあるようで、かたくなに少し離れてついてくる。
 ずいぶんと慕っているのは承知しているが、炭治郎が語る言の葉は、兄弟子である冨岡のことばかりだ。だが、実弥が知る高慢ちきな男とはどうにも一致しない。まさかあの居丈高な野郎も、自分の恥ずかしい思い出話が筒抜けになっているなど、思いもよらないだろう。

「義勇さんのおうちでは、クリスマスにはシチウが出てたんですって。お姉さんが作ってくれるんだけど、卵を産まなくなった鶏を絞めるのだけは嫌だったって言ってました。甘露寺さん、シチウも作ってくれるといいですよねっ。お手伝いさせてもらったら、作り方を覚えて俺も作ってあげたいなぁ。不死川さんはシチウ好きですか? 俺はまだ食べたことないんで楽しみなんです。あ、キャベヂのサラドも出ますよ。甘露寺さんが言ってました。あっ!」
 よくもまぁピイチクパアチクと話しまくれるもんだと苛々しつつもあきれていれば、炭治郎が唐突に叫ぶなりあわてだした。
「ど、どうしようっ! 義勇さんに、ついでにキャラメルを買ってきてくれって言われてるんです! 隊士たちに贈り物をするからって! 不死川さん、ミルクキャラメルってどこに売ってるか知ってますか!?」
「アァ? んなもん、俺が知るかァ」

 隊士への贈り物にキャラメルときたか。
 一箱の値段が米五合と変わらないと聞いたら、このガキはどんな顔をするんだろう。遣いならば金は預かってきてるのだろうが、菓子だと言われているのだから、そんなに高価なものだとは思っていないだろう。仰天する様を想像し、少しだけ実弥はおかしくなった。
 売っている店やら値段までは伝えていなかったらしいあの男は、どんな顔をしてキャラメルにしようと決めたのやら。煙草を吸う隊士などほぼいないのに、代用品のキャラメルをえらぶ辺り、とんちきなことだ。そもそも贈り物なぞ、思いつくような奴だとは思いもしなかった。
 隊士たちへの人気取り、と、十五分ほど前までならば唾棄したくなっていたかもしれない。けれどももう、そんな勘繰りは浮かばなかった。

「えー、どうしよう。お菓子なんだから菓子屋に行けばいいのかな。ぱーてーにくる隊士のぶんって、どれぐらい買えばいいんだろ? えーと、善逸と伊之助は絶対にくるよな。そしたら玄弥も来てくれるかな。時透くんや宇髄さんたちも誘うって甘露寺さん言ってたし、甘露寺さんの稽古を受けてる人たちは参加するはずだし……」

 なんの気なしに口にしただろう名前に、ドキリと胸が音を立てた。
 どれだけ派手にやらかす気なんだ。引退した同僚の高笑いが聞えそうなほどに、騒々しい集まりになりそうではないか。
 炭治郎の持っている箱はひとつきりだ。クリスマスケーキなんぞ、ひとかけらでも口にできたら御の字というところだろう。甘露寺が作るご馳走とやらだって、全員に行き渡るのかすら疑わしい。 

「不死川さん、キャラメル何個買えばいいと思います? 俺、見たことないんですけど、持ちきれますかね?」
「……ニ十粒入りの小さな箱だァ。五箱もありゃあ、ひとり一粒は余裕で足りんだろうよ」

 答えてやったのは、あんまりにもうるさいからだ。玄弥がキャラメルに目を輝かせるのを想像したからじゃない。クリスマスなのだ。今日ぐらいは、玄弥にだって楽しいことがあってもいいじゃないか。自分の手で、もみの木の下に贈り物を置いてやることはできなくても。

「そうなんですね! じゃあキャラメルは五箱、っと。みんな喜んでくれますよね!」
「おい、それよりケーキがひとつきりじゃ、食えねぇ奴ばっかだろうがァ」
 玄弥は人を押しのけてまでご馳走にありつこうとなんかしない。冨岡が用意するキャラメルはともかく、ご馳走もケーキも食べられない可能性が高い気がする。
 それはたぶん、小うるさいこのガキも同じことだ。そこのところを、甘露寺はちゃんと考えているのだろうか。
 参加する予定らしい冨岡や伊黒が、そこまで気を回すとも思えず、なんとはなし心配になった。

「……不死川さんもそう思いますか? 俺もこれだけじゃ足りなそうだなぁとは思うんですけど、ほかにもなにか買っていったほうがいいですかね? 義勇さんも楽しみにしてるのに、足りなくてあんまり食べられなかったらかわいそうだし……」
 でも、クリスマスってなにを買えばいいんでしょうと言う困り切った声に、つい振り向いた。思い切り眉を下げた炭治郎は、いまだに一間ほど離れている。律儀なことだ。
「……銀座の凮月堂にでも行きゃいいだろうがァ」

 実弥自身は、おはぎのやさしい甘さのほうが好きではあるが、洋菓子だってたまには口にする。初めて洋菓子を口にしたのは、柱となってすぐだった。

 もらった給与の額にビックリして、喜ぶより先にやけに苛立った。使いきっちまえと思ったものの、欲しいものなど特になく、好物を買ってもたかが知れる。やけ食いよろしく買い求めたのは、以前は指をくわえて見ることしかできなかった洋菓子だ。
 日銭を稼ぐために、繁華街を渡り歩いて必死に働いていたころは、あんなものは御大尽の食いもんだ、俺らみたいな貧乏人には縁がないと、横目でにらんでいるだけだった凮月堂。家族全員が何カ月食いつなげるだろうという金が、たかが菓子に飛んでいく。ワクワクとした気持ちなどどこにもなかった。
 マシマロ、シウクレーム、甘露糖(リキュールボンボン)にビスケット、アイスクリームも初めて食べた。どれだけ買い込んでも、たいして減ってはいない給金。食べながら、気がつけば泣いていた。
 食わせてやりたかった。甘い、おいしいと、笑う就也たちを、玄弥を、見たかった。畜生、畜生と、泣きながら平らげた菓子のせいで、ひどく胸やけしたのを、いまだに覚えている。初めての洋菓子は、甘ったるいくせにどこかしょっぱかった。

「銀座ですか? 俺、行ったことないです。えっと、ふーげつどーって、どう行けばいいのかな。あんまり遅くなったら義勇さんに心配かけちゃうしなぁ」
 それぐらい自分でどうにかしろと言い捨て置いていくのは簡単だ。けれど、こいつが無事に買い物を済ませて帰るころには、もうクリスマスのパーティーとやらは終わってるかもしれない。シチウもきっと作れないだろう。

 言い訳だと、自分でもわかっている。

「あの、不死川さん。申しわけないですけど」
「うるせぇ! 行きゃいいんだろ!」
 頼まれるより先に怒鳴ったのは、半分以上が誤魔化しだ。
 このガキがいなくて冨岡がしょんぼりと眉を下げるさまは、ちょっと見てみたい気もするが、今日はクリスマスだ。いけ好かない奴らにも、名前もろくに覚えていない下っ端隊士たちにも、少しはやさしくしてやってもいい。
「本当ですかっ、ありがとうございます!」
 炭治郎はうれしげに笑う。本当に調子が狂う。
「チッ、今日だけだァ。クリスマス、だからなァ」
 小さな独り言に、炭治郎は、はい! と朗らかに笑っている。
「おら、行くぞ。金は俺が出してやらァ」
「そんなわけにはいきませんよっ! 俺も出します!」
「うるせェ! 俺は柱なんだよっ、てめぇら下っ端は、贈りもんをガキみてぇに笑って受けとっとけやァ」
 眉を跳ね上げ食ってかかった炭治郎が、実弥の言葉にきょとりと目をしばたたかせたと思ったら、面映ゆげに肩をすくめた。
「そういうことなら。義勇さんと不死川さんからの贈り物、みんな喜びます」
 きっと玄弥も。そんな言葉が聞えた気がしたが、実弥は無視を決め込んだ。

 菓子だけ届けてすぐに帰るつもりでいる。一緒に騒ぐ気はない。それでも少しだけ。そう、贈り物を全員が受け取るのを、見届けるぐらいはしてもいい。

 木枯らしが吹く冬の夜。首をすくめて早足になる人波を、実弥も急いで歩く。きっちり一間おいてついてくる炭治郎は、後ろできっとニコニコとしているのだろう。
 おかげでシチウ作るのに間に合いそうですと礼を言う声に、肩をすくめた。甘露寺がシチウを作るとは決まっちゃいないだろうに、義勇さん喜んでくれるかなとウキウキと言うのに、少しあきれもする。
 けれども、今日はクリスマス。大切な者には笑っていてほしいと願うのは、誰しも同じ夜だろう。
 一番大切な弟にも、サンタクロースでもばいなはつまんとやらでもくるといい。もう子どもじゃないというのなら、せめて腹いっぱいうまいもんを食って、笑えるといい。
 神様なんて信じちゃいない。ましてや異国の神など、実弥にはてんで関係のない話だ。だけど今日ぐらいは祝ってやる。だから、神様どうかと願う。どうか、どうか、幸せをひとつ、あいつにも。
 泣きながら食べたしょっぱくて甘い菓子の記憶が、顔をほころばせる弟の思い出へと変わるのを、実弥は願う。
 ついでに、ちょっとだけ印象の変わったすまし顔野郎と、小生意気なガキも、寄り添って笑っていられるよう、少しぐらいは祈ってやってもいい。なにしろ今日は、クリスマスなので。

 冬の町を歩き出した実弥の目は、やわらかく微笑んでいた。