自身への言い訳は、慣れ親しんだ自嘲の笑みに欲情の彩りを添え、かすかに息を震わせた。
そんな些細な吐息にも感じるのか、ゾロが跳ねるように首を仰け反らせた。ほどけた唇から小さな喘ぎが零れ落ちる。
「なに、笑ってんだ……てめぇ……」
それでもまだ毒づいてみせるゾロに、サンジの笑みは深まるばかりだ。広げた足を震わせ、両の翡翠に涙の膜をたたえても、ゾロは可愛らしい恥じらいなど見せることはない。舞台の上で男を求めてあられもない姿を晒しながら、それでも媚を売り恥らってみせる女のように、男の劣情を計算づくで煽るような芸当など、ゾロにできようはずもない。
だが、それでいいとサンジは思う。そうでなければいけないと。
「んー、てめェのほうがあっちより好い顔してると思ってよ。なぁ、これ、邪魔じゃねぇ? 脱いじまえよ。このままじゃ汚れちまうし、挿れてやれねぇ」
いまだゾロの足を覆ったままのボトムを軽く引き、耳朶に息を吹き込むように囁く。
「おい……まさか、こんなとこで挿れる気かよ」
よもやそこまでするとは思っていなかったのか、ゾロの声に困惑が滲んだ。視線がためらいをあらわに客席をさまようのに笑って、手の中でくちゅりと水音を立て始めたそれを、先程までより強くしごいてやれば、声にならぬか細い叫びを上げる。
「……っ! あ…あ、あぁ……っ」
「声出すなっての。まぁ、あっちの声で聞こえちゃいねぇだろうがよ。ほかの奴らだって、どうせあれ見ながらセンズリこいてんだ。俺らと大差ねぇよ。気にすんなって。おら、さっさとしねぇとクソみっともねぇ染みつけて歩くことになるぜ? ……脱げよ」
視線を下げたゾロが言葉もないまま腰を浮かせるのを、サンジは笑みに細めた瞳で見つめた。サンジの手によって育てられた熱は、言われるまでもなく雫を垂らし、開放を待ちわびるように震えている。
普段と違った状況での行為に、ゾロも興奮しているのだろうか。たわむれ程度の前戯しかほどこしていないというのに憎まれ口を叩く余裕もないらしい。前列の座席に手をつき、動かぬサンジに焦れたようにわずかに腰を揺らしている。それでも、自ら下半身をあらわにするにはまだ羞恥が残るのか、ゾロはサンジを振り返り見ると口早に言い捨てた。
「やるならとっととしろよ」
「脱げ……って言わなかったっけ、俺」
ニヤリと笑ってみせれば、ゾロの唇が悔しげに噛み締められる。睨みつける眼差しから瞳を逸らすことなく、サンジは緩慢な動作で煙草を咥えると、火をつけぬまま唇でもてあそんだ。
「おっ、あっちも本番開始か。結構いいモン持ってんな、あの男。すげぇ勢いで腰振っちまって……早くしねぇとあっち終わっちまうぜ? あの娘のよがり声で誤魔化せるうちに済ませたほうがいいんじゃねぇの?
……ああ、それとも見られてぇのかな。恥ずかしいほうが燃えるもんな、お前。いっそのこと、飛び入りで舞台乗っちまう? 海賊狩りのロロノア・ゾロのまな板ショーだ。ナミさんじゃねぇけど、儲かりそうだよな」
咽喉に絡んだ笑い声に、細める瞳に、淫蕩な色を添えて。
笑いながら蝶の羽根をむしる子供のように、いかにも楽しげに。
そんな不埒な瞳と言葉で押し隠しても、俺を求めてくれ、もっと俺を見てくれと、希わずにはいられない自分は、滑稽で、無様で……どうしようもないほど愚かだと、自身を嘲う。
「……脱げよ」
煙草を吐き捨て、冷めた声と瞳で言うサンジに息を飲み、きつく唇を噛み締めた後、意を決したようにゾロの手がボトムをずり下ろすのを、サンジは黙って見つめた。
さらけ出された太腿に、先日つけられたばかりの新しい傷跡を認め、眉間にかすかな皺を刻む。
ここ数日の不機嫌の理由を目にし、また胸の奥から苛立ちがこみ上げるのを小さな舌打ちで押し殺すと、サンジは身を乗り出し、性急な手付きで濡れそぼるゾロの昂まりを扱き上げた。
途端に洩れた噛み殺しきれない喘ぎに口角を吊り上げ、シャツに覆われたままのゾロの背に、唇を落とす。
前の座席の背もたれにしがみつき、突き出した尻を物欲しげに揺らしはしても、ゾロはいまだ羞恥や理性を捨てきれずにいるようだ。時折確かめるように前方に向けられる視線や、懸命に押し殺された喘ぎが、サンジの嗜虐心を煽るのだなどと、きっと気付きもしないだろう。
欲望のままに求めてこいと、俺をもっと欲しがれと、嬲るサンジの手が烈しさを増しても、ゾロは哀れなまでに身体を震わせたまま、零れそうになる嬌声を噛み殺すばかりだ。
それが苛立たしくもあるが、サンジにももう余裕はない。体中を焼き尽くさんばかりに駆け巡る熱に急かされ、サンジはゾロの体液に濡れた指を双丘の間に滑り込ませた。
ぬめりを擦りつけるように奥まった窪みを撫でてやれば、刹那にゾロの逞しい背がしなる。ひくつくそこへ潜り込ませた指に絡みつく粘膜は、始めこそ拒絶をみせたものの、すぐに奥へ奥へと誘うようにうごめきだした。こらえきれぬと開かれた唇から、はしたなく唾液が零れ落ちる様は、たとえようもなく扇情的だ。
固く勃ちあがった先端からしたたる液を掬い取っては、深みへと運ぶ指先を次第に増やし、サンジは抜き差しする動きを烈しくしていく。時折リズムを崩すように掻き混ぜながら、仰け反らせたゾロの喉元に軽く歯を立て食んでやると、ゾロは鼻にかかった甘い声を上げて緩く首を振った。
甘えているかのように見えるその仕草に、サンジはようやく埋め込んでいた指を引き抜くと、再び座席に腰を下ろした。
ゆるゆると振り返るゾロを見つめたまま、ボトムをくつろげ熱く脈打つ自身を外気に晒す。痛いほど張り詰めたそれにゾロの眼差しが向けられ、傍目にも判るほど、こくりと喉を鳴らすのに、サンジは陶然とした笑みを浮かべた。
どれだけ屈辱的な行為を強いても。
どれだけ羞恥に身悶えさせても。
お前は俺から離れないだろう?
お前だって俺が欲しいだろ?
繰り返し確かめては安堵する。
滑稽だ無様だと嘲えばいいのに。
受け入れて尚、清冽さを失わない。
そんなお前だから、囚われ逃げられず。
そんなお前だから……愛しくてならない。
「おいで……ゾロ」
呼ぶ声がかぎりない優しさをたたえるのを感じながら、サンジはそっとゾロに手を差し伸べた。
この時ばかりは、いつでもサンジの声は優しさをおびる。その時しか素直に優しさを与えてやれない自分を知っているから、声にも瞳にも深い優しさが溢れ出る。
安堵と諦めを混じり合わせた優しさに、ゾロがなにを思うのかサンジにはわからないが、ゾロは一度としてその声を拒んだことはなかった。今も濡れた瞳に一瞬の逡巡を覗かせただけで、自ら震える体をサンジの腰へと下ろし始めている。
舞台から女の甲高い嬌声が響く。下卑た口笛と歓声がにわかに場内を圧し、狂乱の態を見せる。ゆっくりと熱を飲み込んでいくゾロが発したこらえきれぬ喘ぎは、それらに掻き消され、サンジ以外の耳には届かなかったようだ。
それを素早く客席に走らせた視線で確認すると、ゾロの足を抱え上げる。
舞台の女とまるで変わらぬ体位を恥じてか、ゾロがむずがるように首を振るのを、耳朶に落とすキスで宥め、サンジはゆっくりと腰を揺すった。
吸い付くように締めつけてくる粘膜に、我知らず悦楽の呻きが零れる。強烈な快感に攫われ達しそうになるのを、息を詰めて受け流すと、ゾロの手が縋るように肘掛に爪を食い込ませているのを認め、サンジはかすかに震えた唇に笑みを刻んだ。
また湧き上がってくる嗜虐心を止めることなく、赤く染まったゾロの耳に隠微な囁きを注ぎ込む。
「……動けよ。俺をイかせてみな」
羞恥と屈辱に煽られたか、ゾロはぶるりと身を震わせると、ゆっくり腰を動かし始めた。
しかし理性はいまだ残っているのだろう、その動きはためらいがちで、恥らっているようにも見える。
馴染んだ快感に打ち震え、羞恥と屈辱に胸を焦がすゾロは、サンジの身に陶然とした愉悦をもたらした。
湧き上がり、混じりあう、相反した二つの感情に胸がうずく。
優しくしたい、包み込むように。溢れ出す保護欲が甘く囁き。
もっと辱めてやりたい、屈辱に歯噛みしながらも淫蕩に歪む顔が見たい。沸き立つ嗜虐心が暗く笑う。
「こんなんじゃイけねぇよ。もっと頑張らねぇと、向こうに負けちまうぜ? ほら、もっと腰回して……イイよ、上手だな、ゾロ……」
二つながら満たすかのように、囁く言葉とは裏腹にサンジの声はどこまでも優しく響く。耳元にその囁きが落ちるたび、ゾロの理性も少しずつ剥がれ落ちていくのか、自ら快感を求め次第に動きが烈しくなっていった。
場内に木霊する淫らな女の喘ぎ声に呼応するように、ゾロの唇からは止まることなく掠れた喘ぎが零れ、サンジからも余裕が失われてゾロの動きに応えだす。
ゾロが求めるままに突き上げ、掻き回し、また突き上げる。淫らな腰のうねりが荒々しさを増すのとは裏腹に、ゾロの太腿に添えたサンジの手は、宥めるように優しく、肌に残る傷跡を撫で摩った。
かすかに残る理性の端で、我知らず労わるように動く手に気付き、サンジは不意に襲われた胸苦しさに、泣き出しそうに瞳をゆがめた。
数日前に負ったその傷が、大した深さでもないことはサンジにもわかっている。
それでも、悔しかった。腹立たしかった。傷付くことを厭わないゾロも。それを受け止めきれない自分も。
傷付くな無理をするなと、どれだけ言ったところで、ゾロの戦い方も生き方も変わらないだろう。その体が傷付くたび、自分がどれほど不安に捕らわれるか。どれほど狂おしい思いを味わうか。理解し改めるような男なら、ここまで惹かれもしなかっただろう。
そんな闘い方しか知らぬ男に囚われたのは自分だ。
そんな生き方しかできない男に惚れたのは自分だ。
せめて包み込むように愛し、癒すように抱きしめてやりたいと思うのに。 やり場のない憤りや、叫びだしたいような焦燥に駆られ、すぐに自分を見失う。
開放が近いのか、あられもなく腰をくねらせるゾロに応えてやりながら、サンジは、快感にさらわれそうになる思考の片隅で、月明かりに立つゾロを思い浮かべた。
見上げる月になにを思うのか、言葉もなくただ月を見据えるゾロの姿は、近寄りがたい空気を纏っていて。そんな時サンジは、声をかけることもできず、同じように月を見上げるばかりだ。
月はただそこに在り、なにを語るでもないのに。
お前を抱きしめることも、ともに笑いあうこともできないのに。
それでもお前は、傍らに立つ俺のことなど知らぬげに、なにを月と分かち合うのか。
胸を渦巻く問いかけは、いまだサンジの口から発せられたことはない。月にまで嫉妬する自分を嘲笑い、胸に闇を育てるばかりだ。
今回の苛立ちにしても、気に病むほうが馬鹿らしいというものだ。
ほかの海賊との小競り合いなど日常茶飯事。海賊狩りのゾロに恨みを持つ者だっていくらでもいるだろう。もっと大きな戦いに、命の危険に晒されることだってある。そんないくらでもある日常の出来事の中で、こんな傷一つに目くじらを立てるなど、愚の極みだと思うのに。
それでもゾロの体に傷が増えるたび、焦燥はサンジの身を焼いた。胸の闇は深く、重く、わだかまってゆくばかりで……。
それでも……離れられないのだから、しょうがない。
手放すことなどできないのだから、どうしようもない。