スイッチ・オフ

 テメェほどアメフトの申し子って呼び名が似合う奴はいねぇな。

 そんなことを言ったきっかけは、もう忘れた。多分とても些細なことなんだろう。
 半分くらいは憎まれ口の範疇。もう半分は、認めるのは癪だが素直な称賛。
 きっとヒル魔はニヤリと笑って得意顔見せるか、さもなきゃ当然って面して軽く流すだろうと思ったのに、予想は外れて。
 ヒル魔が見せたのは、なんとなく自嘲めいた苦笑。初めて見る哀しげともとれる表情。なにも答えずに。
 胸がざわついて、なぜだか無性にドキドキして。そのままなにも言えなくなった。

 なんだよ、その面。アメフト馬鹿のテメェにゃ褒め言葉だろ? なんでそんな面すんだよ。なんでなにも言わないんだよ。

 言えなかった言葉は胸に残る。ヒル魔のあの表情と一緒に。そうしてことあるごとに浮かび上がっては、胸をざわつかせた。
 ヒル魔に奴隷としてこき使われていく内に、あの時のヒル魔の心情が、自然と理解できたその日まで。

 日々努力して練習重ねて、人並みの身体能力、ギリギリまで引き上げて。決して弱音なんて見せずに悪魔の笑顔、口にするのは計算し尽したブラフ。打てる手は総て惜しみ無く打って。そうしてようやく、いや、そうしなければ決して、手に入らない勝利。
 ほかの誰より優れた頭脳が、天から与えられたヒル魔だけの武器。それ以外は、体格も身体能力も、アメフト選手として他より優れてるものなんてない。

 アメフトの申し子だなんて、とんでもない。

 ヒル魔が手にする勝利はいつだって、必死にもぎ取ってきたものばかりだ。決してアメフトに愛された男なんかじゃない。アメフトに選ばれた男なんかじゃない。
 それでもヒル魔はアメフトを選んで、アメフトを愛してる。アメフトを愛して、愛して、愛し狂っちまった、アメフトの奴隷。ヒル魔に本当にふさわしいのは、きっとそんな言葉。

 そりゃ、言われたくねぇよな、アメフトの申し子だなんて。テメェはアメフトに愛されてるなんて。
 そうじゃないことを理解してるからこそ、テメェは一瞬も止まらず、脇目もふらず、走ってきたんだろうから。望んでも得られなかったものを、手にしてると思われるのは遣る瀬無い。テメェにそんな人並みな感情があることは驚きだがよ。
 以前の言葉を後悔するぐらいには、もう惹かれてた。胸をざわつかせたあの苦笑が、自分にだけ見せたものならいいのにと、願うくらいに。俺の前でだけは抱えた辛さを見せて、俺の腕のなかでぐらいは走り続ける体を休めてほしいと、願い祈るくらいに。
 膨らみ続ける想いを抑えきれずに、意を決して口にした告白は、玉砕の二文字を裏切って受け入れられて。
 何度もキスして、何度も抱きしめあって、何度も体を重ねた。

 だけど。

 今もヒル魔は休むことなく走り続けてる。いつでも、どんな時でも、アメフトに向かう意識のスイッチは切れることがない。
 だからどうしたって怖くなる。疲れねぇの? 辛くねぇの? たまには休んだってかまわないだろ? 思っては、ヒル魔を休ませたくて必死になる。
 張りつめた糸ほど、切れやすい。どんな時でもオン状態じゃ、エネルギー切れも早い。
 いつだってギリギリのヒル魔は、いつプツリと切れてもおかしくなくて。不意に動けなくなりそで、怖くて。
 アメフトに対する想いなら俺だって負けねぇ。だけど、俺にはバイクがあるから。切り替えスイッチ、見つけられたから。
 これでいいのか? 練習方法は間違ってねぇか? このままで勝てんのか? いくら練習積んだって、不安はふとした瞬間に浮かんでくる。止まったら動けなくなるんじゃねぇかって、走り続けたがる体。だけど、走り続けてばかりはいられないことも、わかってて。
 休息だって必要だろ? 意識切り替えて。スイッチ切って。充電したら、また、走る。俺にとってのバイクは、そのための切り替えスイッチ。
 轟音とともに風を切れば、不安が吹き飛んでく。アメフトのことを、ほんの少し忘れさせる、スイッチ。
 テメェには、ねぇの? そういうスイッチ。いくら体は休めても、意識は常にオン状態だろ、テメェ。それじゃ疲れるだろ? きついだろ?
 なぁ、切り替えスイッチ見つからねぇなら、俺じゃ駄目か? 俺じゃ、テメェを休ませてやれねぇ?

 思いながら、いつだって躍起になってる。必死になってる。
 ほんの少しでいいから、俺の傍らで眠るときぐらいは、ヒル魔のスイッチ、切ることができますようにって、今日も願う。

 おやすみ。それは俺の、祈りの言葉。

 ◇◇◇

 テメェほどアメフトの申し子って呼び名が似合う奴はいねぇな。

 きっかけは本当に些細なこと。多分葉柱は覚えてもないだろう。
 ちょっとヤッカミ入って、けど、半分くらいは、褒め言葉のつもりで。なんの気なしに言ったんだろう。
 笑って得意顔してやりゃよかった。本当はするはずだった。
 なのになぜだかできなくて。不思議と少し傷ついてる自分に気づいた。

 テメェにも、そう見えるんだな。そう見えるようにしてるんだから、当たり前なんだけどよ。でもよ、なんとなくテメェは気づいてる気がしてたんだ。俺とテメェは同じだって。
 テメェは俺の奴隷になったけど、俺も前から奴隷。アメフトの、奴隷。
 一瞬だって気は抜けねぇの。走り続けて、立ち止まらずに。スイッチ切ったら追い付けなくなりそうで、止められねぇの。

 わかってる。自分でも。意識尖らせたままじゃ、体を休息させたって回復するのは体力だけ。それすら削られる分が大きすぎて、完全回復にゃほど遠い。
 だからどうしても怖くなる。張り詰めすぎた糸、いきなりプツリと切れそうで。走るためのエネルギー、突然終りがきちまいそうで。
 動けなくなったら、そこでオシマイ。わかってるから怖くて。だけどどうしても止められない。

 弱音吐くのなんざ真っ平ごめん。弱味見せたらすべて台無し。だから誰にもそんなこと知られたくないのに。
 それなのに、なんでだろうな。テメェだけはなにも言わなくてもわかってるんじゃないかって、思ってた。
 本当はわかってる、傷ついた理由。
 ハハ、馬鹿みてぇ。惚れてたんだよ、俺。いつのまにかテメェに惚れてた。
 勝手な思い込み。幻想の押し付け。自分がいつでも狙って仕向けているものだから、葉柱も他の奴らと同じだったからって、裏切られたとは思わない。思えない。
 ただ、哀しいと思っただけ。多くを望むつもりもなくて。アメフト以外抱き締められないこの腕を、後悔なんかはしないから。
 ところが、だ。
 俺も大概馬鹿だが、テメェは輪をかけて大馬鹿野郎だよな。
 惚れたって、なに? 好きだとか、有り得ねぇ。
 断わるほど諦め良くはねぇから、受け入れた。有頂天になってんの、悟られないよう努力して。
 何度もキスして、何度も抱きしめあって、何度も体を重ねた。

 なのに。

 なんで気づかないんだろうな、テメェはよ。眠ってるときですら切れない、俺のスイッチ。最初の内は確かに今まで同様、テメェといてもオン状態。
 だけどこの頃、テメェと抱きあって眠ると、なにもかも考えずに眠れること、あんだぜ? 自分でも驚きだけどよ。
 なぁ、もうわかってるんだろ? 俺もただの奴隷なんだって。テメェじゃ意識のスイッチ一つ切れねぇ、ただの無器用モンだって。
 テメェ、気づくの遅ぇんだよ。反応は早いくせにな。
 だから今も気づかねぇの。俺のスイッチ切れるのは、テメェの長い腕だけだって。
 だけど教えてやる気はない。自分から弱味晒せるようにはできてない。
 躍起になって、必死になって、俺を眠らせてやろうって頑張ってる葉柱を見てるのが、好きだから。
 感謝の言葉も、優しい睦言も、とても言えそうにないのは許せ。
 そんなことわかりきってて惚れたんだろ? 素直に甘えたりできないの、わかるだろ?

 教えないけど。言わないけど。感謝してる。心底惚れてる。たとえアメフトの次だとしても。今日もテメェの長い腕が、俺のスイッチ切るから、明日も俺は走れる。アメフトのことだけ考えられる。

 おやすみ。それは俺の、愛の言葉。

                                     END