なべてこの世は

 しとしとと降る雨のなか、ゴーイングメリー号は静かに進む。この海域の特徴なのか、雨は降りやむことがない。さすがの面々も静かなものだと、ゾロは欠伸しながらキッチンのドアを開けた。

「「ぎゃーーーっっ!!」」

 いきなり盛大に上がった叫び声に、思わずひるむ。

「だーっ! うっせぇぞ、てめぇら!! よく見ろ、クソマリモが起きてきただけだっつうのっ!」
「よお、ゾロ。なぁなぁ、ゾロはあれ、なんに見える?」

 部屋の隅でガタガタと震えるウソップとチョッパーが上げた悲鳴より、よっぽどサンジの怒鳴り声のほうがやかましい。呆れつつルフィが指差すほうを見れば。

「なんだぁ、雨漏りか? そろそろヤベェんじゃねぇのか、この船。ボロいからな」
「ボロいって言うなっ! ……や、今問題なのはそこじゃねぇ」

 ウソップの突っ込みに、天井の隅にくっきり浮かび上がる染みからゾロが視線を戻すと、怯えきった目でチョッパーが見上げていた。

「おおおお化けだっでヴゾッブがぁーっ」
「お化けだぁ?」

 改めて天井を見上げてもなんのことやらわからずに、ゾロの首がかしげられる。

「そいつに言っても無駄だぞ、チョッパー。情緒とか想像力ってぇもんがねぇからよ」
「んだとっ!? やんのか、てめぇ!」
「あぁ? 本当のことだろうがっ!」
「待て待て、お前ら喧嘩してる場合じゃねぇだろ! お祓いとかしねぇとよ」

 睨み合う一触即発の年長組を、ウソップが慌てて止める。これ以上船を傷められたらたまったもんじゃない。

「だから、なんのことだよっ」
「あれが人の目に見えるんだってよ。気のせいだっつってんのに。いい加減にしろ、ウソップ! チョッパーもびーびー泣くなっ。クソやかましい」

 苦々しげに煙草に火をつけ言うサンジに、再びゾロの目が天井の染みを映す。
 なるほど、よくよく見れば目に見えないこともない。

「クソ馬鹿馬鹿しいころで騒ぐなっての」
「じゃあサンジはなにに見えるんだ?」

 まだぐすぐすと鼻をすすりながら言うチョッパーに、サンジは腕組して天井を見上げると、しばらくしてぽつりと言った。

「美女の胸?」
「うわ……エロい」
「エロサンジ」
「エロ眉毛」
「あぁっ!? じゃあ、てめぇはなんに見えんだよ!」

 言葉に詰まり、ゾロは眉間に皺を寄せて染みを睨み付けた。サンジの顔にニヤニヤとした皮肉な笑みが広がる。
「ほら見ろ。てめぇにゃ想像力がねぇって言ったろ?」

「……あ。蛾だ」

「がだ?」
 揃って首をかしげる一同に、ゾロがにまりと笑って胸を張る。
「蛾だ、蛾。ありゃあ、虫の蛾だな」
「ぎゃーーーっ!! ててててめぇ、クソ気色ワリィこと言うんじゃねぇよっ! あれは胸だっ、美女の胸!」
「や、胸だけじゃ顔はわかんねぇだろ」
「俺様ほどの愛の伝導師ともなりゃ、心眼でわかんだよっ!」
「おーっ! サンジ、すげぇなっ」
「か、顔見えなくてもわかるのか? すげぇっ」
 ウソップの突っ込みに、涙目で壁にへばりつきながらも、サンジがえらそうに言う。呆れ返るゾロとウソップをしり目に、ルフィとチョッパーが感心した声を上げた。

「ルフィはなんに見えるんだ?」
「んん~? 肉?」

「「「「や、それはねぇし」」」」

 お化けだ、いや、胸だ。蛾に決まってる。喚き合うなかに響く、肉ーっ、の雄叫び。
「……まったく、馬鹿ばっかり」
「ふふ、元気でいいじゃない。ねぇ、航海士さん。あなたはなにに見える?」

 我関せずとティータイムを決め込みつつも、額に青筋浮かべるナミに、こちらはまるきり動じていないロビンが笑いかける。
「心理テスト? 判断できるの? ロビン」
「いいえ、その方面は詳しくないの。ただ聞いてみたかっただけ」
「そう。けど知識がなくたって、答えられることがあるわよ」
「あら、なにかしら」
 そろそろ限界にきつつある堪忍袋の緒を辛うじて抑え、ナミはびしっと騒々しい男共に指を突きつけた。

「全員、幼稚」

 もしくは馬鹿ねと溜息つく。
「楽しみを見つける天才ってことね」
「物は言いようね~。でも限度ってあると思うわ。
 アンタたち、うるさいわよっ!! いい加減にしなさい!」
 響き渡った鶴の一声。
 ずらり並んで正座させられた男達と、仁王立ちするナミの背中を眺めるロビンの唇には、楽しげな微笑。

「並べてこの世は、こともなし……ね」

 晴れても。降っても。
 たとえば世界が暗闇に包まれても。
 きっとこの小さな船の面々は、その中でも楽しみを見つけるだろう。
 どんな時でも、この仲間たちにかかれば笑顔が生まれる。それは素敵なことだと、ロビンは笑った。

並べてこの世は、おもちゃ箱
今度は何をしでかすものやら
笑顔を詰め込み、どこまでも
小さな船は騒々しく海を行く

                                      終