無条件幸福

 セックスの時、ゾロは決して俺を見ない。
 初めてした時からずっと、ゾロは最初から最後まで目を閉じたままだ。
 そりゃ最初の内は俺だって、男同士のセックスなんてゾロも初めてなんだし、お互い納得の上とはいえネコとくりゃ、こいつでも怯えたりしてんだろうと思ってたさ。可愛いとこあんじゃねぇかって、いじらしくなったりしてよ。
 慣れるまではしょうがねぇ。暫くはこの初々しさを堪能できんだし。
 浮かれ気分に水を注すのも馬鹿らしいと、そんなころを考えてた。
 今じゃそれなり回数もこなして。いまだにマグロっちゃあマグロなんだが、ようやくゾロも後ろでもちゃんと感じられるようになってきたし。
 まだ後ろだけでイクには至らねぇが、たまに自分から腰を動かすようにもなってきた。
 そういう時ゾロは、恥ずかしいのかぎゅっと俺にしがみついて、なんとか顔を隠そうとする。
 動きにくいことこの上ねぇが、なんともクソ可愛くて。つい、ゾロの好きなようにさせちまう。
 あまり動かねぇ俺に焦れて、肩口に顔を埋めたままイヤイヤするみてぇに首を振りながら、動けよ、なんて言われちまうともう、こっちも我慢なんてできるわきゃねぇ……って。

 いや、それはまぁ、いいんだけどよ。

 問題は、なんでゾロが俺を見ねぇのかだ。
 いい加減、慣れてねぇじゃ済まねぇだろ、おい。
 別に俺は、ご奉仕してくんねぇかなぁとか――してほしいけど――自分で挿れるとこ見せてなんて、大それたことを言ってるわけじゃねぇ――見てぇけど――。俺の好きなその目で、ちゃんと俺を見てくれよって、言ってるだけじゃねぇか。

 ところがだ。そんなこと言おうもんなら、あの野郎、覿面にへそを曲げやがる。
 切れて、怒って、しまいにゃ嫌ならもうしねぇ、だと?
 ふざけんなっ! 思わず俺も切れちまっても、しかたねぇだろ?

 しかし、だ。惚れたほうが負けとは、よく言ったもんで。そのまま喧嘩して一週間もすりゃ、白旗揚げて折れるのは、いつだって俺のほう。
 目が合わなくて苛々して。口もきけねぇで落ち込んで。触れられないのに耐えられるのは、どうしたって一週間が限界。
 辛いのは俺だけかよって、余計落ち込んでも。愛してるのは俺だけ? って苦しんでも。
 ゾロがいいんだから、しょうがねぇ。
 ゾロじゃなきゃ駄目なんだから、どうしようもねぇ。

 ……ヤベェ、落ち込んできた……。いや、ここでへこんで、萎えるわけにゃいかねぇんだが。

 あー、なんつぅか、久し振りだし? できるだけ長く楽しませやんねぇとなー、とか? 
 で、考え事でもして気ぃ逸らそうかと。
 や、マジで別のことでも考えてなけりゃ、ヤバいんだって。こいつのなかは。
 百選錬磨のこの俺様でも、気を抜きゃすぐにもってかれちまう。童貞なら、三擦り半ももちやしねぇだろうってなもんで。他の奴には、先っぽだって挿れさせやしねぇけどな。

 ……駄目だ。浮上できねぇ。てか、かえってクソ落ち込んできた……。

 畜生、どうせ考えんなら、レシピでもさらってりゃ良かった。
 抑えた喘ぎを上げながら、しっかり俺の首に腕を回してるくせに、今日もゾロの目は閉じたまま。

「焦らすの、やめろっつってんだろ…っ」

 ぎゅっとしがみつかれて、耳元には泣き出しそうに震える声。熱い吐息が首筋を擽るけど。
 なんだか余計に切なくて。強くゾロを抱き締めた。
「なぁ、なんで目ぇ開けてくんねぇの?」
 堪え切れずに言っちまったものの、答えを聞きたいような、聞きたくないような。
 正直、ずっと不安に思ってることがある。考えたくもねぇことだけど。
 もしかしたらゾロは、俺に抱かれながら、ほかの誰かを思い浮かべてんのかもしれない、って……。

 俺だって考えたくねぇよ、そんなこと。ゾロはそんな奴じゃねぇ。
 けどよ。けど、クソ不安になっちまうんだ。
 だって一度も、一度もだぜ? ゾロは、俺を見てくれないから。

「また、んなくだらねぇこと……」
「てめぇは不安になんねぇのかよっ!」
 不満げな声をさえぎって言えば、腕のなかでゾロの体がビクリと震えた。
「見えねぇのに、お前を抱いてるのが俺だって、ちゃんとわかってんのか? ほかの奴が相手でも、俺と間違えて喘いだりすんじゃねぇの? それとも、俺が誰かと間違われて……いっ!?」

 ……ってぇ――っっ!!!

 目の前に火花が散るほど、思いっきりぶん殴りやがって。少しは手加減しろってんだ、この筋肉馬鹿っ!

「てめぇっ……ゾロ?」

 怒鳴りつけてやろうと見下ろした俺を、まっすぐ見返していたのは、涙の膜に揺らめく翡翠の瞳。

「……間違えねぇ。間違えるわけねぇだろっ! 俺はっ、絶対に、てめぇだけは間違えねぇ!!」

 ゆらゆら揺らぐ、ゾロの瞳のなかの、俺の顔。
 多分、クソみっともねぇぐらい情けねぇ面してる。

「てめぇしか、いねぇだろ」
 また、ぎゅっとしがみつかれて。
「二度と、んなこと言うな……っ」
 声は怒っているのに、震えている。
「ごめん……ごめん、ゾロ……」

 汗に湿っても、若草みたいなゾロの髪は、まだふわふわと柔らかい。
 それを撫でながら言った俺の声も、可笑しいぐらい震えてた。

 ……ヤバい……涙が出そうだ。
 堪えるために、そっとゾロを首から離させて、小さくキスした。何度も。
 零れた涙でゾロが見えなくならないように。

 まったく。現金なもんだよな、男の体ってのはよ。
 お互い萎えかけてたはずなのに、息が乱れ出すころにゃ、すっかり元通りだ。いや、それ以上かも。
 深く口づけたまま、ゾロの体を抱き起こした。途端に上がる甘い悲鳴。

「あぁっ! ば、馬鹿…っ、ん、ぅん……っ」

 抱っこする体勢で、またキスを一つ。仰反る背中を撫でさすって宥めてやりながら、軽く腰を揺する。
「目……閉じないで」
 伏せられた瞼にキスしてやれば、小さく首をすくめて、唇を噛む。かたくなさに、少しだけ胸が痛くなる。
 疑うわけじゃなくて。ただ、好きで好きで、クソ大好きな、翡翠みたいな深い緑の瞳を、一番近くで見ていたいだけだなのに。
 信じてくれねぇのかなとか。やっぱり、どうしても俺の顔を見たくないわけがあんのかとか。
 そんなことを考えたら、また泣きたくなっちまうから。

「お前の目、見てぇんだよ。なぁ、目、開けて。俺を見てよ、ゾロ……」

 ゆっくりと、震えながらゾロの瞼が持ち上がった。
 ほんの少し怯えたように、濡れた睫毛の先を震わせて。
 俺を映し出す、ゾロの瞳。

 それだけでもう、胸がいっぱいになっちまうぐらい、幸せで。

「……やっぱりお前の目って、クソ綺麗……」

 レディたち相手につちかったテクや計算なんて、欠片も入り込む余地なんてねぇ、素のままの声が自然に出て、勝手に顔が笑みを作る。
 ゾロもきっと、笑ってくれると思ったのに。
 不意にひくりとゾロの咽喉が震えて、俺の肩を掴む手に、力がこもった。

「あ…やっ、あ、あぁ……っ!」
「ゾロ? ……んっ!」

 急な締め付けに刹那沸き上がる射精感。咄嗟に歯を食いしばり、目をキツく閉じて堪えた。
 少し呆然として目を開けば。
 ビクビクと腹筋を震わせて、荒い息を吐くゾロの姿。俺の胸を、とろり、流れ落ちてく白濁した液。

 ……マジですか?

「だから、やだって……」
 今にもしゃくりあげそうに半泣きのゾロの顔は、羞恥心でか真っ赤に染まってる。
「……俺の顔見てるだけで、感じちまうの? ね、ゾロ。俺に見られてると感じちゃうの?」
「うっせぇっ! てめぇ、も、喋んな」
 またぎゅっと目を閉じて。ついでにぎゅうっと抱きついてきたりしたら。

 ああ、畜生。クソ幸せすぎて、どうにかなっちまうっての。

 一度強く抱き返して。まだどくどく脈打ってるのを教えるように、お伺いを立てる意味で小さく突き上げてみる。
 掠れた悲鳴を上げてしなる、ゾロの真っ直ぐな背中を優しく撫でて。今度はもう少し、大胆に。
 ゾロはもう目を閉じてる。開かれた唇からは、止まることのない甘い喘ぎ声。応え始めた腰は、まだ恥じらいを残してた。

 結局。ゾロには白旗振って降参するしかねぇってのを、思い知っただけのような気もするが、仕方ねぇ。幸せだからまぁいいかと、閉じたゾロの瞼に何度もキスした。

 すぐに全部を望んでも、上手くいくわきゃねぇんだし。クソ愛されてることはわかったしな。

けど。

「たまにでいいからよ、また俺を見てくれよな?」
 眠りに落ちかけたゾロの耳に、そっと言ってみるぐらいはいいだろ? いや、味をしめたとかじゃなく。いや、ホントに。
 綺麗な瞳を薄く開いて、寝惚け気味のとろんとした顔で、ゾロが笑う。

「……やなこった、エロコック」

 憎まれ口までクソ可愛く思えりゃ、もうどうしようもねぇ。
 悔しいなんて言葉すら、霞んで消えるぐらい。

 「てめぇにゃ完敗だわ」

 早くもひとり夢のなかの、無敵の恋人を抱き締めて。
 俺もゆっくり目を閉じる。
 きっと今夜の夢は、緑溢れる夢だろう。