今まで生きてきて、ムカつく奴や自分を恐れず反抗してみせる相手なら多少はいたけれど、『天敵』なんて呼びたくなるような輩は、一人もいなかった。だが、コイツだけは別だ! と、ヒル魔の眉間の皺が深まる。
射殺さんばかりに睨みつける視線など意に介した風もなく、葉柱と笑いあっている銀髪の男。葉柱が「銀」と笑いながら呼び掛けるコイツだけは、紛うことなく『天敵』と呼んでいいと、ヒル魔は苛立ちを隠すことなく男を睨み続けた。
と言うよりも、それ以外なんて言葉があるってんだ。害虫か? ああ、確かにピッタリだ。『お邪魔虫』って言うからな。テメェなんか虫で十分だ、この糞害虫野郎が。
いや……でも、ちょっと待て。カメレオンって虫食うよな? オウ、食う食う。ハエだのコオロギだの、長い舌でシュピッと捕まえて……。
却下。
虫は駄目だ。虫は許せねぇ。
食わせてたまっかっつうの。大好物とか有り得ねぇっての。俺だけ有り難く拝み倒して食ってりゃいいんだよ、糞カメレオンは。
……けど、食われんの、どっちかってぇとカメレオンの方っぽくねぇか? 見ろ、あの舐め回すみてぇなエロい目。あの糞白髪野郎、絶対に奴を狙ってやがる。
つかテメェも気づきやがれ、この糞超絶鈍感カメレオンが。テメェそれでも俺の奴隷か。ご主人様ほっぽって糞虫野郎とヘラヘラ笑ってんじゃねぇよ。
いや。いやいやいや。虫じゃねぇって、俺。食わせねぇっつの。
食われたがってんだか食いたがってんだか知らねぇが、どっちも不許可だ。断固却下だってんだよっ!
買出しを済ませて向かった駐輪場、葉柱に声をかけてきた賊学生が一人。 賊学の連中のバイクがよく停まっている場所だから、賊学生がいるのは当たり前と言えば当たり前なんだけれども。ヒル魔がいてもなんの躊躇も見せずに近寄ってきて、そのまま葉柱と談笑を始めるような怖いもの知らずは、目下のところ銀一人しかいない。
ヒル魔が誰よりもムカつくことこの上なし! と太鼓判を押すこの男。葉柱の『親友』だというのが、ヒル魔にしてみれば、まず面白くない。
ほかの誰が相手でもヒル魔を第一に優先する葉柱が、この男に限っては同等か、ともすればヒル魔よりも先に気にかけたりもする(ようにヒル魔には思える)。
それが証拠に、どれだけヒル魔の機嫌が悪くなろうと、銀と笑いあっているときの葉柱はまったく気がつきもしない(とヒル魔は思い込んでたりする)。
それだけでもヒル魔の怒りに容易く火をつける存在だというのに、銀がまた、どんなに威嚇しようとヒル魔をまったく怖れないものだから。
第一印象の『銀髪のチャラい野郎』は直ぐ様『ムカつく糞白髪』に変わり、今や『天敵』という出世魚(ちょっと違うか)。
ムカつくなら即排除。目の届く範囲に存在することすら許さないところだけれど、銀に関してはそれもしにくいのがまた、ヒル魔の怒りに拍車をかける。
最低最悪なことに、銀は葉柱の『親友』なので。
結局のところ、それが一番ネックなんだと、ヒル魔は小さく唸った。
余談だが、男が恋人に言われたくない言葉の代表格に「私と○○とどっちが大事なの」というのがあるらしい。なるほど、確かにそれはウザかろうと、ヒル魔も思う。
まぁ、自分が「アメフトとどっちが」と聞かれたところで、答えは聞くまでもないけれど。ついでに言えば、それをきっちり把握して、納得して、尊重することが出来る相手でなければ、ヒル魔にとっては恋愛対象にすらなりえない。
だからまぁ、同じことを訊いて相手が「アメフト」と答えるのは、許せる。というより、むしろそれでなければかえってムカつくぐらいだったりするのだけれども。
だけれども、だ。それが『親友』となると、訊くことすら躊躇われる。
友情より恋愛なんてのは、ヒル魔の価値観からすれば、あまり好ましくない。色惚けしてる奴など願い下げ。そんなのが傍にいたら鬱陶しいじゃないか。
ましてやそんな奴に自分が成り果てるなんて言ったら……それこそ願い下げだってんだよ、糞ッ!!
訊くに訊けず、喚くに喚けず。苛々と唸りながら葉柱と銀が笑いあっているのを、睨みつけることしかできないとは、なんていうていたらく。
しかし、それもしかたのないことかもしれない。
なにしろ地獄の司令塔と怖れ称される金髪の悪魔は、只今『恋愛』真っ最中。しかも『初恋』だったりなんかするんだから。
培われた自制心や冷静さは、こと恋人に関してはいつのまにやらどこかに消え去ってしまって、役には立たない。嫉妬に我を失いかけることなんて日常茶飯事。
おまけに正真正銘の『初恋』で、今だかつて『恋愛沙汰』などまるっきり興味の範疇になかったときてるものだから。柄にもないと自分でも思いつつ、嫌われたくない、なんて意識が先に立つようになってしまったのがなんとも悔しい。
とは言え、それを悟られるのは真っ平ごめんときているから、こんな場面は対処に困る。
なにが嬉しくて恋人が他の男と仲良く談笑する姿なんぞを5分も眺めてなきゃならねぇってんだ、この糞白髪が! と、突然現れた『天敵』を睨みつけるヒル魔の機嫌は、世界記録を打ち出す勢いで下降を続け、今や爆発寸前。怒りの矛先は邪魔者だけでなく、自分を忘れて他の男と笑いあっている恋人、葉柱にも向けられている。
「んでさ、ルイはどうすんの?」
……!! 勝手に人のモンに触んな、糞糞お邪魔虫!
呼び捨てにしただけじゃ飽き足らずに、軽々しく触りやがるたぁ、いい度胸だ。
しかも、こともあろうに腕。腕に触るだと? コイツの長い腕はなぁ、俺とアメフトのためだけにあるってんだよ! テメェ如きが簡単に触れていいもんじゃねぇんだ、糞害虫!
いや、だから、虫じゃねぇって。食わねぇって。あの舌も俺専用。アイツの長い舌が舐めまわして食うのは、俺だけで充分。俺以外は却下!
「ツーリングか……久しぶりだしなぁ、どうすっかな」
「つか、俺さぁ、ルイは参加ってもうツン達に言っちゃったんだよね。ね、俺の顔を立てると思って。お願い、ルイ」
「カッ! ったく、しょうがねぇなぁ」
なぁにが『お願い、ルイ』だ。甘ったれてんじゃねぇぞ、気色ワリィ。俺だってまだルイなんて呼んだことねぇのに、何度も何度も呼び捨てにしやがって。おまけに『お願い』なんて、冗談じゃねぇっての!
コイツが聞くのは俺の『命令』だけでいい。ほかの野郎の『お願い』なんて、聞いてやる必要は皆無だ。そんな余裕があんなら、その分も俺を構ってりゃいいんだよ!
それなのに、テメェもなんなんだ、糞奴隷! なにが『しょうがねぇなぁ』だ。そりゃ、いっつも俺に向かって言う科白だろうが!
下がった眉のせいでちょっと困ってるみてぇに見える笑顔も、甘やかしてる口調で『しょうがねぇなぁ』って言って我儘聞くのも、俺にだけでいいだろうが。いや、むしろ俺だけであるべきだろ? 俺はテメェの『ご主人様』で、『恋人』なんだから。
思っても、『俺だけ見ててくれなきゃ嫌だ』なんて、たとえ『命令』でも言えやしないのが、ヒル魔にとっては認めたくもないウィークポイント。ましてやそんな『お願い』なんてできるわけもなくて。
だって嫉妬だとか独占欲だとか、色惚けの証明みたいでみっともないじゃないか。そんなのプライドが許さない。それを露にする自分なんて、断固、却下。
だからひたすら苛々と、葉柱と銀髪の男が笑いあうのを、怒りに身を震わせながら見ているしかない。
でも、それもそろそろ限界。堪忍袋の緒は1ミクロンほど残して寸断寸前。
「なぁヒル魔……って、テメどこに標準合わせてんだよっ!」
ここまで辛抱したならもう十分と、ウージーの銃口を向けた瞬間に、くるり振り返った葉柱と目が合って。ちっ、とヒル魔は舌打ち一つ。
「気づきやがったか」
「気づかなかったら頭に風穴開いてたっての! テメェそりゃ実弾だろうがよ!」
「受け止めりゃいいじゃねぇか。こう、シュピッと舌伸ばして……」
「出来るかっ! 俺は人間なんだっつうの!」
「世を欺く仮の姿にしては化けきれてねぇぞ。糞カメレオン」
「だから違うっつってんだろ!」
いつものように喚きあいのじゃれあい。葉柱の意識は完全にヒル魔一人に向けられている。
ケケケと満足げに笑いながら、ヒル魔はちらりと銀を横目で窺い見た。
ザマミロ、糞白髪。テメェなんてお呼びじゃねぇんだよ。
心地好い優越感……に浸れたのは、そこまで。
不意にくしゅんっ、と、クシャミの音。葉柱の。
おや、と思う間もなく葉柱とヒル魔の間に割って入るようにして、銀が葉柱の顔を覗きこんだ。
「ルイ、風邪ひいたんじゃね? 季節の変わり目に弱いもんなぁ」
「あー、ちっと寒気すっけどダイジョブ。風邪までいってねぇ」
「まぁた強がり言う。熱出てきてんじゃねぇの?」
言いながら、銀の手が葉柱の額に当てられて……。
それだけでも怒りで眩暈がしそうなヒル魔の前で、こともあろうに葉柱も、肩竦めて擽ったそうに笑いながら。
「銀、テメェ手冷てぇよ」
「誰かさんと違って心が温かいからねー。けど気持ちいいでしょ? やっぱいつもよりちょっと熱いもん、ルイ」
「ん、気持ちいい。やっぱ熱出てやがんのかな。銀、いつもよく気づけるよなぁ」
「あったりまえじゃん。ルイのこと愛しちゃってっからね」
誰かさんたぁ誰のことだ。
いつもってなぁどういう意味だ。
気持ちいいでしょってテメェはどこのエロ爺だ。
つかいい加減手をどけやがれ、いつまで触ってんだ。
それよりなにより、愛してるって……愛してるってなぁどういう了見だ、このお邪魔虫の糞糞白髪野郎が!
怒りすぎて頭はグラグラ。正気を保つのもやっと。
それなのに、とどめの爆弾投下は葉柱の一言。
「銀はいっつもそればっかな。俺も愛してるけどよ」
楽しそうに、事も無げに。笑いながら……。
好きだとか、可愛いだとか、擽ったくなるような言葉は囁かれても。
愛してるなんて、俺にだってまだ言ったことねぇだろうがよ、テメェ!!
まったくもって、なんてこと。とんでもない緊急事態。
葉柱の軽い口調はどこまでも冗談めいていて、恋愛感情なんて欠片も感じられない。だけどヒル魔にはそんな冷静な判断は、一切頭に浮かばなかった。
とにかく『愛してる』の衝撃が強すぎて、得意の罵倒どころか、マシンガンの存在すら忘れ去る始末。
だけど、それもこれも、好きだから。大好きだから、腹が立って。大好きだから、それよりもっと、哀しくなる。
認めたくなんかないけれど、哀しくて哀しくて、切なすぎて。涙が出そうになるのを通り越し、吐気までしてくる。どうしたらいいのか、自慢の頭は答えを出してはくれなくて。
「きっと夜中にまた熱上がるぜ? ルイ、いっつもそのパターンじゃん。な、うち来れば? 今回もきっちり治るまでこの銀様が看病してやんよ」
笑う銀の言葉に、胸が押し潰されそう。
嫉妬だとか独占欲だとか、みっともないと、思うのに。
色惚けしてるって嘲笑されたとしても、許せないものは許せない。哀しいものは哀しい。
お邪魔虫は、俺のほうか? 俺、もしかして邪魔者?
許せないって怒りより、そんな哀しさと不安がヒル魔の胸を占める。締め付ける。
いっつも甘えてばかりで、葉柱が俺にこんなふうに甘えたような声出したことなんて、ないし。自分を頼ってくれたことも、ない。
いつだって我儘三昧。ご主人様の優位崩さずに。甘い睦言なんてもっての外。優しい言葉一つ、かけてもやれない。
嫌われたって、しょうがない。自分より友情とられるのも当然かも。
だけど仕方ないじゃないか。初めての恋なんだから。
どうしたらいいのかなんて、まるっきり判らないんだから。
本当は、好きだって言われたその瞬間も、泣きだしそうだった。嬉しくて、幸せで、どうにかなってしまいそうなくらいだった。
だけど、そんなところ見せられるわけねぇだろ? ヒル魔は唇噛みしめる。
だって始まりから自分はご主人様で、葉柱は奴隷。そう決めたのは、ヒル魔自身。
少しでも傍にいたくて、何度も呼び出した。どこまで許してくれる? どこまでだったらお前、俺の傍にいてくれる? 確かめたくて、我儘な命令繰り返した。
そのたび悪態つきながら、葉柱はそれでも傍にいてくれたから。命令ならなんでも応えてくれたから。
ヒル魔が思う以上の成果を挙げて、だけど威張るわけでもなく、当然のことのような顔で、ちゃんと、応えてくれたから。
どんどん好きになって。どんどん限界に近づいて。気がおかしくなりそうに、葉柱が欲しくて、葉柱の一番になりたくて。想いを抱えきれずに解放しようとしたのは、一度としてなにかを諦めたことのないヒル魔が、たった一度だけ見せた、諦めと弱音。
それなのに、葉柱は好きだって言ってくれたから。
諦めなくていいんだと、思ったのに。嬉しかったのに。
ああ、畜生。気持ちが悪い。悔しくて、切なくて、吐きそう。涙は今にも零れて落ちそう。
だけど絶対に泣いてなんかやるものか。コイツの前でだけは、涙なんて死んでも見せてやるものか。
ますます強く唇噛みしめて、銀を睨みつける為に上げた視線が葉柱の視線とぶつかった。
「おい、大丈夫かよ、ヒル魔」
慌てた声で。心配そうな顔で。そっとヒル魔に向かって伸ばされる長い腕。頬に触れる指が温かい。
「べつに……なんともねぇ」
「カッ! 嘘つけ。吐きそうになってんじゃねぇの? 気分悪いんだろ? 俺が風邪移しちまったのかもしんねぇ」
首筋に回った葉柱の手が、ヒル魔を引き寄せて。
「熱はねぇみてぇだけど……けど、顔赤いしなぁ。本当に大丈夫か?」
躊躇なく額あわせて、心配そうに呟く。
って、あのな。ここ、一応往来なわけで。人目もかなりあるんだがよ。
いや、そういうの気にするタチじゃねぇけど。でも、こんな、キスするような距離、落ち着いてられるわけないの、気がつけよ。
嬉しいけど。気持ち悪いのなんてどっかにすっ飛んだけど。ちょっと恥ずかしくて、困る。
「大丈夫だって言ってんだろ。俺よりもテメェの方が大丈夫なんかよ。デコ熱ぃぞ」
恥ずかしいけど、離れたくない自分が、なにより困る。
近すぎる距離のせいで囁くみたいな会話になるのが、またヒル魔の心拍数を上げる。
だけど。
「アイツん家で、看病してもらうんだろ。行けよ。もう買出しも済んでんだから、かまわねぇよ」
強がりは、ヒル魔の専売特許。憎まれ口はいつものこと。こんな時でもさらりと出るのが、自分でも腹立たしい。可愛げがないのは、自覚済み。だけど強がれなくなったら、自分が自分じゃなくなってしまいそうだから。いつだってご主人様のポジション、崩せない。
行かないで。傍にいて。俺だけ、見てて。
言えるもんなら、悪魔なんて、やってねぇよ。
「あの、よ」
言い出しにくそうな声で呟きながら、葉柱の顔が離れてく。首筋の手も離れて。
急に寒く感じるのは、触れ合った熱が離れたせいばかりじゃないと思う。
なにかを怖いと思ったことなんて、一度もなかったのに。
ちらりとヒル魔の瞳が銀に向けられる。
笑みを崩さず悠然と立っている、ムカつく『天敵』
腹が立つとか、ムカつくだとか、本当はそんなことが問題なんじゃなくて。
怖いと思ったのは、コイツが初めて。
コイツに俺は負けるのかもしれない。そんな恐怖がいつだって、葉柱に向けられる銀の笑顔を見るたびちらついて。認めたくなくてひたすら反発を胸に湧き上げさせていた。
葉柱からそそがれる想いの深さが、銀と自分、同等なら、葉柱に対する想いの深さで、自分は負けるのかもしれない。葉柱のことが大好きだけれど、アメフトと比べることのできない自分は、負けるのかもしれない。
思えば思うほど、ただ怖くて。
恐怖なんて感情、いらないのに。それを思い知らせるから、お前なんて、大嫌いだ。
睨みつけるヒル魔の視線、真っ向から受けて、銀はそれでも笑っている。揺るがない。それが怖い。
「看病、ヒル魔がしてくんねぇ……?」
聞こえた声に慌てて視線を移せば、葉柱はいつもの少し困ったように見える笑顔。ちょっぴり甘えているようにも見える。
「俺、が……?」
「駄目?」
今テメェ俺に甘えてる? 俺を頼ってくれてんの?
途端に胸に湧きあがる歓喜。あんまり単純すぎて自分でも呆れ返りそうだけれど。
「ご主人様に看病なんてさせる奴隷は、テメェぐらいだ」
ケケケと笑ってやれば、葉柱も楽しげに笑うから。
「ってわけで、悪ぃな、銀。また明日な」
「ま、しょうがないでしょ。悪魔の看病なんて、よけいに具合悪くなりそうだけどねー」
「ウッセェ! この糞白髪! おら、葉柱、とっととバイク出せ」
葉柱を急き立てエンジンをかけさせたら、ヒル魔もいつもの横乗りではなくタンデムシートに跨る。
「ヒル魔?」
「だってテメェ寒気すんだろ? これならちっとはあったかくねぇか? ……嫌ならやめっけどよ」
驚く葉柱に、内心らしくなくて引かれたかと不安になりながら聞けば、葉柱はぶんぶん音がしそうなぐらい首を振るので。
「んじゃ、さっさと帰るぞ」
浮き立つ声を抑えて、ぎゅっと抱きつけば、葉柱の嬉しそうな声。
「ヒル魔の手、あったけぇな」
「心が冷たいからな」
「カッ! ばーか、んなことあるかよ」
幸せそうに葉柱は言って、そっと手を重ねてくれるから。
一度だけ、ちらりと銀を振り返って。
負けねぇよ、と、眼差しだけの宣戦布告。
怖いとどんなに思っても、負けるのなんて、大嫌い。
アメフトも、葉柱も、どちらも諦めたりなんかしないから。
勝負はまだまだ、これからだ。
「よぉ、苛めっ子」
轟音立てて走り去るゼファーを見送って、軽く肩を竦めた銀に、かけられた声は呆れ気味。
「あれ、ツンいつからいたん? 覗き見なんて趣味悪ぃなぁ。声かければいいじゃんよ」
「あの三竦みに近づける命知らずはいねぇよ」
ますます呆れた調子のツンに、銀は笑う。
「苛めっ子ってなによ。俺、誰も苛めてないぜ?」
「自覚なしかよ、タチ悪ぃなぁ、お前」
笑みを深めて、銀はまた肩を竦めた。
「だって、ムカつくんだもん、アイツ」
「そりゃまぁ、うちでアイツのこと嫌ってねぇのは滅多にいねぇと思うけどよ」
「違うって。嫌いじゃねぇの。ムカつくの。そこんとこ間違われっと困んだよねぇ。俺、ヒル魔のことは好きだし」
「はぁ!? お前、ありゃぁ好きって態度じゃねぇぞ」
目を丸くするツンに、ふと、銀の笑みが色を変える。
「だってしょうがねぇじゃん。ムカつくんだから」
「好きなのに?」
「正しくは、好きにならなきゃいけないから、ムカつくの。どんなに悔しくても、嫌いには絶対になれねぇからさ」
視線がもう見えないバイクを追って。見えない純白の背中を探す。
「ルイがさぁ、幸せそうに笑うんだよねぇ。アイツといると。すっげぇいい顔すんだわ」
呟くように、視線は誰かを探したまま、銀は言う。
「だからさぁ、ヒル魔といるときのルイ見てんの、好きなんだよね、俺」
だけど、どうしても、消せない悔しさ。一欠片。
「大好きだから、そんな諦めよすぎる自分にさせたアイツにムカつく」
「……屈折してんね、お前」
溜息混じり言われて、銀は楽しげに笑う。
「んなことより、ツーリングの話だけどさ」
「ルイは欠席な、判ってるって」
「あ? 行くに決まってっじゃん。ルイは約束破らねぇもん。そうじゃなくて、もう一人追加」
きょとんとするツンに向かって、ウィンクひとつ。
「ヒル魔」
「げぇっ! んなわけねぇだろ?」
「あるある、賭けてもいいぜ? ヒル魔は絶対に来るね。だって、ルイが約束破らないの知ってるもん。でもってああ見えてすっげぇ焼餅焼きだし。あー、ほんとムカつく野郎だぜ」
幸せなら、いいよ。笑っていてくれるなら、それでいい。
でも、意地悪ぐらいは、させてくんねぇ?
だって、やっぱり、ムカつくし。
「……やっぱ屈折してるよ、お前」
大好き、だから、大嫌い。意地っ張りで判りにくいのは、本当は、誰?
「二人にゃ内緒、な?」
とっくに降りてる勝負、だけど教えてなんかやらない。
ムカつくから、ね。
END