ボイロ楽しい!

雨上がりの空に似ている

 バシャバシャと水を跳ね上げながら、煉獄はぬかるむ道を駆けていた。
 いきなりの土砂降りで、髪も羽織もずぶ濡れだ。千寿郎がさぞ心配するだろうなと、わずかに気がはやる。
 一軒の民家が目に入った。今更雨宿りもないが迷わずそちらに向かったのは、軒下に立つ知己に気づいたからだ。
「冨岡!」
 うつむいていた顔が煉獄へと向けられる。
「すごい雨だな! すっかり濡れてしまった!」
 隣に立ち笑いかければ、ひとつ年上の同僚はかすかにうなずいた。いつもながら静かな男だ。
「義勇」
 小さな声に、冨岡がまたうつむいた。
「寛三郎、入ってろ」
 羽織からひょこりと顔を出したのは鎹鴉だ。濡れぬよう懐に抱いていたのだろう。
「君はずいぶん鴉をかわいがっているのだな」
「寛三郎は年寄りだ。冷えるのはよくない」
 答える声は存外柔らかく、硬質な印象の佇まいだけに、その穏やかさにドキリとした。
「大事にされて鴉も感謝しているだろう!」
 笑いかけてももう冨岡は言葉を返す気がないようだ。無言で羽織の上から鴉を撫でている。
 白い横顔はやはり硬質で、ともすれば冷たくも見える。
「お、やんだな」
 気がつけば雲の切れ間から光が差している。行くかと一歩踏み出し振り返ると、瑠璃の瞳と目があった。
「……俺のほうだ」
 唐突な言葉に首をかしげた煉獄の傍らを、すり抜けるように進み出た冨岡は、言葉を重ねることなくトンッと地を蹴った。
 一緒にと誘う間などなく、冨岡の背中が遠くなっていく。
「……感謝してるのは、俺のほう、か」
 思い至った結論に、冨岡は言葉が足りないなと苦笑する。
 硬質で冷たいかと思えば、柔らかくやさしい。不思議な男だ。
 ふと見上げた空は澄んだ青が広がっている。冨岡の瞳のようだ。思ったのと同時に煉獄も駆けだした。
 追いつけたら飯に誘ってみようか。鴉も一緒にと。
 心が浮き立つのはなぜだろう。空の青に似た瑠璃の瞳をもう一度見つめてみたい。見つめられたい。願う理由を、煉獄はまだ知らない。