「で、テメェの意見は?」
ファミレスのテーブル挟んだ向かい側。憎たらしい金髪の悪魔が言った。
「……べつに……」
「べつに?」
誤魔化すな、逃げるなと、視線の牽制。逃げ道なし。
「……カッ! あー、そうですよ。負けたなぁ、俺の読み違いが原因だってんだよっ。これでいいかよ、外道悪魔!」
「それだけだと?」
喚けば存外真剣な瞳に、小さな翳り。俺がまた読み違えているんじゃなければ、落胆の色?
まさか、な。
思いながら、それでも真面目に今日の試合の敗因を考えちまう、自分の律儀さ加減に、嫌気がさす。
「……ワンマンチームの悪い点ばっかり晒したからな。結局のとこは、俺のせいには違いねぇよ」
アイシールド21を止められなかった自分の実力不足や、挑発に乗って冷静さを見失った不甲斐なさも含めて。
お飾りの顧問にゃ指導力なんざありゃしねぇ。アメフトのルールさえ、きっと知らないだろう。
練習内容から試合での作戦指揮まで、全部俺の裁量次第って実情は、責任をなすりつける相手もいねぇ。
思い知らされて肩が落ちれば、悪魔が尊大にうなずいた。
「責任転嫁しねぇ潔さは認めてやるよ。けどな、それだけじゃ、テメェらはここまでだ。クリスマス・ボウルは夢のまた夢ってヤツだな」
「うるせぇなっ。今日は負けたが、次はこうはいかねぇってんだよ! つかよ、なんでテメェが俺らのダメ出ししてんだよ。敵に塩送るってガラじゃねぇだろ?」
そう。そもそもそいつがわからねぇ。
目の前に座る金髪の悪魔が率いる、泥門デビルバッツとの練習試合。負けた後に待っていたのは、信じられねぇ奴隷宣告。
奴隷って、ナニ? 一体テメェは何様のつもりだよ。
訊けば「テメェのご主人様だろうが」と、さも当然って答えが返ってきた。
絶句してりゃさっさと俺の愛車に横座りして、「初仕事だ、送れ」ときたもんだ。
のっけからコイツのペースに乗せられて、なんで俺が、つかせめてちゃんと跨りやがれと喚いても、悪魔は悠然と笑うばかり。約束しちまったのは俺だから、ほかの奴に振るわけにもいかず。
しかたなくタンデムでバイク走らせたのは、一時間ほど前のこと。でもってそれが、なんでこの現状になる?
飯食ってくからデビーズ寄ってけ、ってなぁ、べつにいい。相席させてやるから感謝しやがれ、ってのも、かろうじて許せなくはない。
悪魔らしい尊大さは、理解の範疇だ。
けれど、それがいつの間にか今日の試合の反省会になっちまってんのは、一体全体どういうわけだ?
しかも、悪魔の目の前に置かれたノートパソコンには、いつの間にやらカメレオンズの詳細なデータ。飯の間も片手でガチャガチャやってっから、行儀ワリィなぁとは思っていたけど。まさか、あの短時間でここまでキッチリとデータまとめてみせるなんて思わねぇよ。
そりゃまぁ、データだけなら、敵の戦略分析も重要だってことで済むけどな。
それなのに。
「雑魚だらけじゃ意味ねぇからな」
ニヤリと牙煌めかせるデビルズスマイル。
「あぁ? テメェ、俺らが雑魚だってかっ?」
睨んでも怯えるどころか、ますます笑いやがる。可愛げねぇったら。
「今のとこはな。だが、それじゃ困んだよ」
「カッ! 敵に強くなられるほうが、よっぽど困るだろうが」
「クリスマス・ボウルだけが目的なら、敵の戦力低下は願ったりだがよ」
それじゃアメフトの活性化には繋がらないと、悪魔は真剣な顔で言う。
「最強チームと雑魚って構図は、観客にとって魅力を感じると思うか? そりゃ、野球やサッカーの例を見るまでもなく、スーパーヒーローが一人でもいりゃ、アメフト人口は増えるだろうさ。だがな、受け入れる土壌が枯れてりゃ選手は育たねぇ。肝心なのは、まずは土台作りだ。それには観客を呼び込めるエキサイティングな試合ができなきゃ意味がねぇんだよ。いくら選手が頑張っても、観客を捕まえられねぇスポーツに先はねぇんだからな」
立て板に水のマシンガントーク。真剣な顔で。
「……テメェ、んなこと考えながらアメフトやってんのか」
「当たり前だろ。まずはNFLと張れるだけの日本リーグ設立。それを足掛かりに、世界大会開催できるだけのアメフト人口増加が最終目標だ」
大体、最強と雑魚って構図は、日本国内に限ったことじゃねぇのが問題なんだと、眉しかめて。アメリカ以外じゃ人気ねぇからなと、憮然として。
アメフトはこんなにもエキサイティングで、最高のスポーツなのにと、瞳が歯がゆさを伝える。
アメフトは、世界中を熱狂させることができるはずなんだと、瞳が夢見てる。
なんだよ。なんなんだよ、コイツ。
狡猾な悪魔で、人を奴隷扱いする外道で。とんでもねぇ夢抱いて、マジにそれ叶えようとしてる、アメフト馬鹿。まるでアメフトの奴隷。
他にいるもんかよ、こんな奴。
悔しい。と、素直に思う。
どれだけアメフトにのめり込んでも、それはあくまでも、自分自身の夢の範疇。
クリスマス・ボウルの後には、大学か社会人か、まだわからないけれども漠然と、アメフト続けてくんだろうなと思っていた。
NFLだって夢見るのは自由。できることなら叶えたい。
だけど、それはすべて元々用意された場所でのこと。自分で夢のフィールド作り上げるなんて、考えてみたこともない。
アメフトが生まれた国に息づくフロンティアスピリッツ。テメェのなかには流れてんのか。最前線に立って、まだ誰も見たことのない道、切り拓いていこうと、走ってるのか。
たった一人で。
悔しいと、また思う。
同じ、高校生だぜ? 違いなんて、ないはずだろ?
それなのに、負けたと思ってしまうから。悔しい。
そして。
「……それには、俺らも強くならなきゃならねぇわけだな?」
「オゥ。ま、それでも勝つのは俺らだけどよ」
笑う顔、誇らしげ。いっそガキっぽく思えるほど、無邪気に見えて。
夢の片棒、担げるもんなら担いでやりたい、なんて。
思わず浮かんだそんな言葉を、慌てて振り払う。
「カッ! 言ってやがれ。次は絶対俺らが勝つからな。神龍寺にだって負けねぇぐらい強くなっから、見てやがれ」
嬉しそうに、楽しそうに、笑ってんじゃねぇよ。
目が離せなくなるだろ、畜生め。
テメェにやれること、俺にできねぇ道理があるか。
走ってやらぁ、テメェの隣、最前線を。
だけどテメェのためじゃねぇからな。誤解すんじゃねぇぞ。追い掛けるつもりはねぇ。同じ道、夢見ちまっただけ。それだけだ。
だけど、瞳が奪われる。
隣を走る役目、ほかの奴に渡したくねぇなと、なぜだか思う。
理由なんて、知らねぇよ。
まだ、そんなもん考える余裕はねぇ。
いつかまた、テメェが俺にそれを知らせるんだろうか。
テメェは、その答えを持っているのか。
わからないまま、奴隷宣告のお返しとばかり、宣言ひとつ。
「テメェにも負けねぇよ……ヒル魔」
言えば、支配者の笑み。幸せそうに見えるのは、多分きっと、気のせいだろうけど。
「精々頑張んな、糞奴隷」
笑うから、知らず頬が熱くなる。
とりあえず。
近場の目標は名前で呼ばせることかなと、ふと考えたなんてことは、誰にも言わないでおこうと、思った。
END