その後めでたく愛でられました

「貴方が好きですっ、お慕いしてます!」
 真っ直ぐな瞳をして炭治郎は言った。意図を図りかね怪訝に眉を寄せた義勇に、少し哀しく眉尻を下げ、それでも一心に義勇を見つめている。
 義勇の首を狙って竹刀を振るいながら、である。勿論、驚いたところで打撃を受けるつもりはさらさらないが。
 炭治郎の竹刀を交わし、逆に打ち据えんと手首を返した義勇が口を開くより早く
「勘違いじゃありません。憧れだけじゃ欲を覚えることはないですよね? 俺の好きは恋です。勘違いでも間違いでもありません! 俺は義勇さんを恋い慕ってます!」
 などと、義勇の機先を制して炭治郎は言い募る。喚きながらも竹刀を避けたことは褒めてやってもいい。
 真剣な顔だが、僅かに泣き出しそうな気配を漂わせているのがいただけない。
 泣かせるのは本意ではないのだ。自分如きの為に泣く炭治郎など、義勇は見たくはない。
 受け入れてしまえばいいだろうと、ほんの僅かにもたげる欲は、けれども表に出ることはない。少なくとも今はまだ。
 大願成就だけを胸に鍛錬することこそが、今の炭治郎には必要なことだ。それ以外に目を向ける余裕などある筈もないのに、何故今そんなことを言い出すのかと、見つめ返す視線が我知らず咎めるものになった。
 そもそも、なんでまた稽古の最中に告白などしてくるのだか。剣筋を見れば集中していなかったとは思わないが、炭治郎の考えなど義勇にはてんで分からない。
 炭治郎は感情が表情にすぐに出る。嘘の吐けない真っ直ぐな気性は好ましく、子犬のように義勇さん義勇さんと懐かれれば、誰であっても情が湧くだろう。義勇だって同じことだ。
 犬は苦手な義勇だが、炭治郎は子犬のようであっても犬ではない。可愛がり撫でたところで噛みつかれはしないと思っていたが、なんともはや、とんでもない噛みつかれ方をしたものだ。
 痛みよりも甘い陶酔を覚えてしまう自分を自戒する。
 振るう竹刀に躊躇いも惑いもなく、乱れることなく的確に炭治郎の竹刀を打ち流し、打ち返しながら、義勇はふむと考えた。
 いずれにしても時期が悪いだけで、両想いなのは目出度いし、出来ることならば一刻も早く炭治郎を愛でたい。それは間違いようなく義勇の本心である。
 とはいえ、それを口にするのはまだ時期尚早なことも確かだ。
 いよいよ泣き出しそうに瞳を潤ませつつも止まることなく打ち掛かり、必死に義勇の竹刀を受け止める炭治郎に、義勇はこれが最後と鋭く竹刀を振るった。
 パァンと高い音を立て、炭治郎の竹刀が叩き飛ばされた。
「刀は決して放すな。これが実践ならお前は今殺されている」
「はい……」
 厳しい声音にしゅんと肩を落とした弟弟子に、義勇は声音を替えることなく言い放つ。
「今日はこれまで。まだまだ剣筋が甘い、無駄な動きも多い。励め」
 また、はいと答える声は大きいが、常の快活さには少しばかり足りない。
 力及ばないことが悔しいのか、それとも返答を得られぬことが哀しいのか。どちらにせよ、義勇が炭治郎にかける言葉は決まっている。

「死力を尽くしてくるがいい」

 パッと顔を上げまじまじと見つめてくる炭治郎の目は、真ん丸に見開かれていた。見る間に赤く染まる頬は稚い。
「あ、あのっ! それはどういう意味ですか!?」
「俺に一撃を入れられるようになったら、答えをやる」
 薄く笑ってやれば、ぐっと唇を引き締めて頑張りますと大きな声で言う。決意の顔はすぐにほわりと解け、笑み崩れた。その笑みはやはり稚く、可愛いと思う。
 頑張りますとまた言って、ニコニコと笑う可愛い子犬。存分に愛でてやる日が来るのが楽しみだと思いつつ、せめてこれぐらいはと自分に許して、頭を撫でてやった。

                                   終